秋田地方裁判所 平成4年(行ウ)3号 判決 1997年3月21日
平四(行ウ)第三号事件
原告
浅野文治
外一六〇名
右訴訟代理人弁護士
沼田敏明
同
虻川高範
同
菊地修
同
金野繁
同
金野和子
同
横道二三男
同
山内満
同
狩野節子
同
深井昭二
同
荘司昊
同
高橋敏朗
同
伊藤治兵衛
同
川田繁幸
被告
秋田県知事
佐々木喜久治
右訴訟代理人弁護士
伊藤彦造
同
加藤堯
同
木元愼一
被告指定代理人
臼田雅郎
外三名
平成四年(行ウ)第五号事件
原告
浅野文治
外一三五名
右訴訟代理人弁護士
沼田敏明
外一二名
平四(行ウ)第三号事件と同じ
被告
秋田市長
石川錬治郎
右訴訟代理人弁護士
伊藤彦造
同
加藤堯
右訴訟復代理人弁護士
木元愼一
平成六年(行ウ)第二号事件
原告
浅野文治
外一八名
右訴訟代理人弁護士
沼田敏明
同
虻川高範
同
横道二三男
同
狩野節子
被告
佐々木喜久治
右訴訟代理人弁護士
伊藤彦造
同
加藤堯
同
木元愼一
被告補助参加人
秋田県
右代表者知事
佐々木喜久治
右訴訟代理人弁護士
被告訴訟代理人弁護士と同じ
主文
一1 平成四年(行ウ)第三号事件被告は、秋田第二工業用水道の大王製紙株式会社秋田工場に対する工業用水供給につき、同社の負担する価格を一トン当たり一二円五〇銭とする旨同社と合意したことにより、秋田県工業用水道事業会計を補助するため、同会計に対し、秋田第二工業用水道の専用施設費のうち三〇万トン分の企業債支払利息分に対応する部分の補助並びに借入金の支払利息分(水源費及び専用施設費の三〇万トン分並びに先行投資分)に対応する部分の補助として、秋田県の公金を支出してはならない。
2 平成四年(行ウ)第三号事件原告らのその余の請求を棄却する。
二1 平成四年(行ウ)第五号事件被告は、大王製紙株式会社が秋田市飯島地区に建設を予定している同社秋田工場で使用する秋田第二工業用水の料金支払いを補助するため、同社に対して支出する秋田市の公金のうち、平成二三年分以降の公金を支出してはならない。
2 平成四年(行ウ)第五号事件原告らのその余の請求を棄却する。
三 平成六年(行ウ)第二号事件原告らの請求を棄却する。
四 訴訟費用の負担については、全事件を通じてこれを九分し、その一を平成四年(行ウ)第三号事件原告らの連帯負担とし、その二を同事件被告の負担とし、その一を平成四年(行ウ)第五号事件原告らの連帯負担とし、その二を同事件被告の負担とし、その三を平成六年(行ウ)第二号事件原告らの連帯負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 (平成四年(行ウ)第三号事件)
被告秋田県知事佐々木喜久治は、秋田第二工業用水道の大王製紙株式会社秋田工場に対する工業用水供給につき、同社の負担する価格を一トン当たり一二円五〇銭とする旨同社と合意したことにより、秋田県工業用水道事業会計を補助するため、同会計に対し、秋田県の公金を支出してはならない。
2 (平成四年(行ウ)第五号事件)
被告秋田市長石川錬治郎は、大王製紙株式会社が秋田市飯島地区に建設を予定している同社秋田工場で使用する秋田第二工業用水の料金支払いを補助するため、同社に対し、秋田市の公金を支出してはならない。
3 (平成六年(行ウ)第二号事件)
被告佐々木喜久治は、秋田県に対し、金三億円及びこれに対する平成六年五月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
4 (全事件共通)
訴訟費用は、被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 本案前の答弁(全事件共通)
(一) 原告らの訴えを却下する。
(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。
2 本案の答弁(全事件共通)
(一) 原告らの請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二 当事者の主張
一 本案前の主張(全事件共通)
1 被告らの主張
(一)(1) 企業誘致の決定や補助金の支出は、地方公共団体の長の政策判断に委ねられるものであって、この政策判断の当否は秋田県議会や秋田市議会における政策論議や議決を経て判断されるものである。地方公共団体の長らの違法な財務会計上の行為の是正を求める地方自治法二四二条の二による住民訴訟は、「違法な」財務会計上の行為という制限があるし、差止請求にあっては、その影響が甚大であることを考慮して「回復の困難な損害を生じるおそれがある場合に限るもの」とされている。これらの要件は、地方公共団体の政策判断に対する司法審査の限界として認識されるものであって、それ故に、地方公共団体の長が選択した政策判断に対する司法審査に当たっては、地方自治法二四二条の二に規定されている各要件についての慎重な判断を必要とするのみならず、右政策判断に対する地方公共団体の議会での充実した論議を阻害したり、制約するような態様を執ることはできない。
(2) 本件では、秋田県の一般会計からの秋田県工業用水道会計に対し補助金を支出するについては、条例制定及び予算に関し県議会の議決が必要であり、また、秋田市から大王製紙株式会社(以下「大王製紙」という。)に対し補助金を支出するについては、条例制定(改正)及び予算に関し市議会の議決が必要であるところ、右の秋田県と秋田市による各補助金支出の法的根拠となるべき条例の制定や改正、さらには支出すべき予算の審議の段階に至っておらず、司法審査の対象となるべき事件争訟としての成熟性に欠ける。本件のように、地方公共団体の議会における条例制定(改正)や予算の審議が未了である時点での司法審査は、地方自治に対する国家機関たる裁判所の介入となり、地方自治の本旨に立脚する住民訴訟制度の趣旨にも違背する虞れがある。
(二) 右の理は損害賠償代位請求をしている平成六年(行ウ)第二号事件にも妥当するものである。したがって、本件各住民訴訟事件については(公金支出の確実性の有無以前の問題として)、裁判所による司法審査にはなじまないものとして、訴訟要件たる訴えの利益を欠き不適法として却下を免れない。なお、平成六年九月三〇日言渡しに係る平成六年(行ウ)第二号事件についての中間判決は、同事件についての監査請求前置と出訴期間についての要件についての判断に関するもので、本件各住民訴訟事件について、司法審査になじまないことを理由とする訴え却下の判決をなすについて、何ら妨げとなるものではない。
2 原告らの反論
(一) 住民訴訟において「訴えの利益」が争点となった例としては、差止請求の対象となった行政が既に終了した場合や行われる余地がなくなった場合などがあるだけであり、被告の主張は、これまでの住民訴訟における議論には全くみられない新規な主張ということになる。
地方公共団体からの補助金の支出については、法律、条例に具体的な根拠と限界が規定されており、これら法的根拠・制限に違反すれば違法となることは言うまでもなく、その点を判断を下した住民訴訟は多数に上っているが、およそ司法判断が及ばないという判断は(おそらく主張さえ)皆無である。被告らの主張は「法律による行政」原則及び右原則を担保する住民訴訟制度を無視するものである。
また、原告らは、「企業誘致の決定」それ自体の可否を裁判所に求めているわけではなく、企業誘致に伴う違法な公金支出の差止めを求めているだけであり、その違法性判断の中で当然企業誘致の経緯なりその経済的効果などが問題となるであろうが、それは、補助の「公益性」や「特別の理由」の存否を判断するために必要とされるのである。
(二) 被告らの「議会の審議前であるから訴えの利益を欠く」旨の主張については、「当該行為がなされることが相当の確実さをもって予測される場合」か否かという訴訟要件とは別の新たな訴訟要件の存在の主張であるところ、講学上も判例上も触れられたことがない独自の見解で、法律にも根拠がなく、これまでの実務にも反する。
公金の支出といっても様々な態様があるが、これまでの実務は、これら態様を区別することなく、事前差止めの要件としては「相当の確実さをもって予測される場合」が要求されているものと解釈して運用してきたもので、議会の審議を経ることは要件とはされていなかったし、問題とされてもこなかったものであり、かかる解釈、運用には十分な合理性がある。案件によっては、議会の実質的審議が支出行為が終了した後の決算の認定などの段階でないと生じないこともあり、結局、事前の差止めが法律上不可能な結果を生じることになるが、これが不合理であることは明らかである。また、議会の事前の審議にかかる案件か否かで区別して取り扱うものとし、議会の審議前の提訴は訴えの利益を欠くとの見解は、訴訟要件という重大な問題について法文が何も触れていない以上、否定的に解さざるを得ず、何よりも、事前差止めの場合、案件が違法か否かの調査と判断のみならず、議会の審議にかかるか否かの調査と判断をも住民に求める結果となる。さらに、議会の議決があると、直ちに公金支出の実施されるケースも多く、被告らのような論に立つと、事前差止めは事実上不可能となる。法がこのようなことを想定しているとは到底考えられない。
そもそも、被告らのいう「議会の審議」自体も様々な段階があり、被告らが法解釈論としてどの段階を指して議会の審議というのか不明確であり、前述の公金支出の態様とを併せ考えれば、被告らの主張は住民訴訟制度を複雑化させその運用に無用の混乱をもたらすことは明らかである。
二 請求原因A(平成四年(行ウ)第三号事件)
1 当事者
(一) 原告らは秋田県の住民である。
(二) 被告秋田県知事は、秋田県の公金支出に関する最終責任者である。
2 大王製紙誘致の経過及び概要
(一) 「秋田湾大規模開発」計画(鉄鋼コンビナート)の失敗
秋田県は、昭和四五年、新全国総合開発計画(新全総)の大規模工業開発候補地として「秋田湾大規模工業開発」計画を策定した。同計画はその後幾多の変遷を示すが、昭和五三年の計画案によれば、二千数百ヘクタールの海面を埋め立て、年間一二〇〇万トンの製鉄業を誘致するという夢のような「構想」であった。そのため工業用水の水源として玉川ダム水源事業(ダムの嵩上げ、平成二年一一月ダム完成)が、進出企業も定かでないうちに先行投資され、そのための県費負担分は、二五四億円の巨額に上ったとされる。
しかし、そもそも鉄鋼需給の見通しなど社会経済情勢の判断を誤り、具体的展望も欠いた「秋田湾大規模工業開発」は、県民に巨額の負担を残し、昭和五五年までに無残な失敗に終わった。
(二) 大王製紙誘致の概要
(1) 大王製紙(本社愛媛県伊予三島市)は、資本金一八四億円、売上高二六八四億円、従業員三一一七人の業界第四位(いずれも平成四年度)の規模の製紙会社である。
(2) 昭和六三年一一月、大王製紙の秋田進出が明らかにされ、平成元年一月二〇日、大王製紙社長、秋田県知事(佐々木喜久治知事)、秋田市長(当時、高田市長)の三者による「大王製紙株式会社秋田進出に係る覚書」(以下「本件覚書」という。)が調印された。この本件覚書により、秋田県と秋田市が大王製紙の秋田市への工場建設に協力すること、特に大王製紙に供給する工業用水の負担価格について、「大王製紙から示された使用水量(平成七年七万トン/日、平成一二年一三万トン/日、平成一七年二〇万トン/日を前提に一トン当たり一二円五〇銭(消費税額を除く。)とし、このために必要な措置を秋田県及び秋田市が講じることとする」旨が確認された。
(3) 平成二年一二月二一日、前記三者によって「大王製紙株式会社秋田工場建設に関する基本協定」(以下「基本協定」という。)が締結され、大王製紙作成の事業計画に基づく工場建設並びに操業を確認し、秋田県と秋田市が右工場建設に必要な用地を秋田市飯島地区に合わせて六二万三五八〇平方メートル造成、譲渡することが合意された。また、秋田県は、大王製紙のために、公共埠頭の使用等について協力するほか、産業廃棄物最終処分場七万四六二〇平方メートルを確保することが合意された。
(4) ところで、基本協定でも確認されている「事業計画」によれば、一期計画(平成七年七月完成予定)から三期計画(同一七年完成予定)まであり、これらの計画による生産量を合計すると、年産紙・パルプ合計で約一六〇万トンになる。単一工場としては、大王製紙三島工場(年産二四〇万トン)、王子製紙苫小牧工場(年産一八〇万トン)に匹敵する日本のトップクラスの規模である。
(5) 秋田県は、右用地の造成、譲渡等に関する合意に基づき、秋田港飯島地区公有水面埋立事業を実施し、約四八ヘクタール(約四八万平方メートル)の用地を造成することとなった。同埋立事業は、平成三年一二月二七日運輸大臣の認可を得て、平成四年一月八日港湾管理者の長である被告秋田県知事の埋立免許がなされ、同年三月三〇日埋立工事が着工された。
(6) 一方、秋田県は、平成二年度より秋田第二工業用水道(以下「第二工業用水道」という。)建設事業を着工した。これは、前記玉川ダムを水源とし、雄物川より取水して埋立地まで導水するもので、総量三〇万トン/日の工業用水を供給する能力を有し、大王製紙秋田工場操業のための工業用水の供給源となる。平成一七年度まで一六年間の工期で施工され、建設費は一五四億円である。
(7) なお、大王製紙の操業開始が事業計画の変更により、当初予定の平成七年七月から平成一二年七月になった。
3 本件各補助の概要
(一) 大王製紙に供給する工業用水道の負担価格は、一トン当たり一二円五〇銭と合意された。
そこで、秋田県と秋田市は、本件覚書に定める「一トン当たり一二円五〇銭とし、このために必要な措置」として、県・市による財政負担を行うこととした。
秋田県の平成二年一二月の説明によると、大王製紙分(二〇トン/日)に対応した同時点での財政負担は、次のような考え方で行われる。
① 第二工業用水道の専用施設費にかかる利息分七四億円を秋田県が四五パーセント(三三億円)、秋田市が五五パーセント(四一億円)の割合で負担し
② 累積赤字による資金不足を解消するための調達資金の利息分八七億円(給水事業の採算期間四五年間の所要経費に充てるために公営企業が調達する資金の返済利息の一部)を秋田県が四五パーセント(三九億円)、秋田市が五五パーセント(四八億円)の割合で負担し
③ 供給開始前の水源費の利息分四一億円を秋田県が負担する。
また、第二工業用水道事業収支計画によれば、大王製紙の負担価格を一二円五〇銭/トンとしたことで、秋田県と秋田市が、総額三六四億二三〇二万七〇〇〇円(水源費及び専用施設建設費にかかわる企業債償還金の元金の一部と利息全額、並びに一時借入の利息全額)を負担することとなり、秋田県で二三一億三九六二万六〇〇〇円を秋田市で一三二億八三四〇万一〇〇〇円を負担することとなる。
(二) しかして、大王製紙にかかる財政負担としての補助の態様は、以下のとおりに行われる。
① 秋田県の場合、地方公営企業法一七条の三に基づき、一般会計により秋田県工業用水道事業会計への補助として行う。
② 秋田市の場合、地方自治法二三二条の二に基づく補助として、大王製紙に対して補助金を支給して行う。
4 本件補助の違法性(地方公営企業法一七条の二第二項、一七条の三、二一条二項、地方財政法六条及び工業用水道事業法一七条一項、三項一号違反)
(一) 地方公営企業法一七条の三の趣旨、解釈
地方公営企業法一七条は、地方公営企業の経理は事業毎の特別会計を設けて行うことを定め、また、同法一七条の二第二項は、地方公営企業の経費の負担の原則として、「地方公営企業の特別会計においては、その経費は、前項の規定により地方公共団体の一般会計又は他の特別会計において負担するものを除き、当該地方公営企業の経営に伴う収入をもって充てなければならない。」との独立採算の原則を定める。
地方公営企業法一七条の三でいう「災害の復旧その他特別の理由により必要がある場合」及び地方財政法六条でいう「災害その他の事由がある場合」に該当する場合には一般会計から特別会計(本件では工業用水道会計)に対する補助もありうるものとされている。
ここでいう「特別の理由」とは、自治省財務局編「地方公営企業実務ハンドブック」(乙二九。以下「ハンドブック」という。)によると、「独立採算制のぬけ穴にならないためにも、厳格に解すべきであり、『災害の復旧』に準ずるような合理的かつ臨時例外的な場合に限られる」とされ、基本通達も「災害に準ずるような一時的な企業外の要因又は要請により企業会計において所要経費をまかなうことが客観的に困難又は不適当な場合をいうのであり、補助は経費負担の例外をなすものであるのでその運用にあたっては真にやむを得ないものに限定されるべきであること」とされている。
つまり、本条は、地震などの災害や予想されない突発的な事態のために収入だけでは支弁できない経費が生じた場合や供給先の企業の閉鎖などで配水量が急に落ち込んだ場合の規定である。
(二) 本件補助の違法性の各理由
(1) 料金の公正妥当性及び独立採算制の各違反
前述のとおり、本件覚書により、秋田県が大王製紙に対し、原価割れの料金であるトン当たり一二円五〇銭で工業用水を安売りする約束をしているため、秋田第二工業用水道事業会計(以下「第二工業用水道会計」という。)に大幅な資金不足が生じ、これを補うために本件補助が行われるものであるが、これは、以下のとおり、地方公営企業法等に定められた料金の公正妥当性及び独立採算制等に反する。
① 水道料金の公正妥当性違反(地方公営企業法二一条二項等違反)
ア.地方公営企業法二一条二項は、料金の徴収につき「公正妥当なものでなければならず、かつ、能率的な経営の下における適正な原価を基礎とし、地方公営企業の健全な運営を確保することができるものでなければならない。」と定め、それを受けて、工業用水道事業法一七条一項、三項一号は、地方公共団体が供給する工業用水の料金につき「能率的な経営の下における適正な原価に照らし公正妥当なものであること」を要求している。
また、地方財政法六条は、地方公営企業の経費が「当該企業の経営に伴う収入(第五条の規定による地方債による収入を含む。)をもってこれに充てなければならない。」と定め、地方公営企業法一七条の二も同趣旨の規定を置いて独立採算制の原則を定めている。
したがって、料金収入が経費支出の原資の大部分を構成することが当然に求められている。通産省の工業用水料金算定要領(平成三年四月)においても、三年を原則とする料金算定期間を定め、「決定された料金をもって算出した料金収入額は、総括原価と一致するものでなければならない」(第六項)と規定している。
イ.以上から、適正な原価に照らし公正妥当なものであるべき料金について、本件のような大幅な資金不足につながる原価割れは想定されていないというべきであって、本件覚書に基づく本件工業用水の負担価格(料金一二円五〇銭/トン)まで工業用水道料金を引き下げるための補助は、料金の公正妥当性を定めた地方公営企業法二一条二項、工業用水道事業法一七条三項一号に違反し、かつ独立採算制を定めた地方財政法六条本文及び地方公営企業法一七条の二第二項に違反する。
その他、詳細は、別紙第四章二のとおりであるが、その要旨を示せば、本件の大王製紙負担価格一二円五〇銭/トンは、同社が進出の条件として要求し、被告秋田県知事以下の上層部がこれを受け入れたもので、最初から独立採算制が放棄され、「適正な原価に照らし公正妥当な」料金額の提示が全くされていない。このような「進出企業ありき」、進出企業の「言い値ありき」という政治判断で独立採算制及び適正な原価に照らした公正妥当な料金設定という企業会計の大原則が歪められたのが、今回の大王製紙の進出であり、負担価格一二円五〇銭/トンの政策的決定であったもので、極めて異例で容認できない。
② 独立採算制違反(料金引き下げ目的の補助の違法性)(同法一七条の二第二項違反)
ア.実務にも沿わない本件運用
a.地方公営企業法一七条の三は、あくまで供給原価に相応した公正妥当な供給単価を前提としており、前記のような違法な料金設定の穴埋めのための補助は同条の補助に該当しない。同条の補助は、経費負担の原則の例外をなすものであるので、その運用にあたっては真にやむを得ないものに限定されるべきであって、赤字補てん等を漫然と補助の名目で行うことは認められないことは、実務の運用基準や基本通達からも言えることである。
被告が主張する独立採算制は、要するにどんなに巨額の補助になろうと、地方公営企業法一七条の三の「特別の理由」を根拠として補助金を資本的収支に組み入れれば損益計算上の経費が圧縮され、原価に照らし著しく低く設定された料金収入であっても残余の経費と均衡する結果となるので「独立採算制」が維持されていると解するものであるが、このような解釈は独立採算制を反故にし、適正な原価に基づく料金決定を放棄するものであり、常識と掛け離れたものである。被告の援用する「実務ハンドブック」や「実例集」の記載は、右原則に違反しない範囲内の「補助」を意味しているのであり、これを「補助金等を除いた部分での独立採算」などと解することはできない。地方公営企業法一七条の二及び同法一七条の三の趣旨は、一般会計から特別会計に対する際限のない支出を制限し、できるかぎり一般会計に頼らずに企業の経費は収入で支弁するという企業努力をすることによって一般会計の健全な運営を確保することにあるのであり、「能率的な経営の下における適正な原価に照らし公正妥当な」料金を設定すべしとの要請も、一般会計からの補助を組み入れることなく経費額が算定されそれに応じた料金額の設定がなされることを法が要求しているものであって、被告側(秋田県)の解釈はこのような法の要請に対する脱法的解釈といわざるを得ない。
b.自治省財政局編「地方公営企業関係実例集」(乙二七。以下「実例集」という。)によれば、独立採算制並びに受益者負担の原則、そして上記通達の趣旨などからして「料金の引下げを目的とする補助は、一般的に言って『合理的理由』に該当するものではない」と回答している。もっとも、同回答は、後記被告の主張のとおり限られた例外のあることを認めているが、それは「経費の節減、合理化を十分行ってもなお料金が高水準になること」及びそうした高水準料金の設定が「客観的に不可能な場合」に限られるとしている。本件における一二円五〇銭の供給単価は、新設の工業用水道としては異例に低いのであるから、その当否は別としても右回答には当てはまらない。
秋田県は、この「実例集」にある例外要件に本件を当てはめると、本件が例外として料金引下げのための補助が許される場合であると主張している。しかし、第二工業用水道事業の受水企業はとりあえず大王製紙のみであり、料金額の値上げを交渉すべき既存の受水企業は存在していないのであって、例外的に料金引下げのための補助が許される場合として「実例集」が指摘したケースとは異なるものである。秋田県は、「既存の秋田工業用水道から受水している企業の料金に転嫁するような交渉も客観的には不可能である」としているが、何故このような交渉が必要なのか理解に苦しむ。けだし、本件の水源開発ならびに施設建設が秋田工業用水道事業の供給能力の拡大として同事業を行っているのならともかく、第二工業用水道事業は秋田工業用水道事業とは別の事業として実施されているものであり、秋田工業用水道の料金が第二工業用水道に合わせて値上げをしなければならないという必要はどこにもないからである。(甲二六九の三において、一種、二種で料金の異なっている事業は、建設時期が異なっているためである。本県でも大館工業用水道事業の料金は一七円六〇銭、秋田は一二円五〇銭と五円以上相違している)
イ.原告による料金の試算
a.原告が独自に試算したところによると、補助がない場合の第二工業用水道の料金は二九円三三銭/トンが妥当である(通産省の「工業用水料金算定要領」に定める三年という料金算定期間を一応おいて、秋田県及び秋田市の補助がなく必要額全額を一時借入で資金繰りするとの前提で、秋田県の主張する耐用年数四五年で累積赤字を解消するとした場合の給水原価の試算である。原告側の保母武彦証人が試算した。)。
b.被告は、「原水」と「浄水」との違いを強調し、一二円五〇銭/トンの料金が不当に安くない旨主張するが、受水企業にとって「原水」と「浄水」の違いはさしたる関心事ではなく、最も関心があるのは原価にかかわる経費としての料金額である。料金額が企業の採算制の要請に見合うものであれば「原水」であれ「浄水」であれ、どちらでも良いのであって、比較の対象になるのは料金額だからである。
c.料金が高額になることが予想されるために企業進出のネックになるとの主張についても、資金計画で算定された助成なしの場合の給水原価四五円四八銭/トン(乙三一)という金額は、既にある秋田工業用水道の料金である一二円五〇銭/トンに比較すれば高額ということにはなるが、そもそも建設の年代も建設コストも大幅に異なるのであるから比較対照すること自体無意味である。
原告側保母証人の作成した「平成の時代に完成したか又は完成を予定している東北地方及び関東北部の工業用水道の供給単価」表を、最新資料である平成八年四月一日基本料金一覧(甲二六九の三)および平成六年度地方公営企業年鑑(甲二七三)に基づいて、「現行料金」により補正すると、平成料金はトン当たり四四円五八銭であるが、大王製紙の操業開始が四年後であることを考えると、前記助成のない場合の給水原価四五円四八銭/トンは「高水準」の料金とは到底言えず、平均水準である。また、同じ東北の宮城県・仙台北部工業用水道は、平成四年三月完成であるが、原水で五〇円であるから、その八年後に完成する第二工業用水道が仮に原水だとしても(浄水場設置数が二とされており浄水である可能性がある)、四五円四八銭は高水準とは言えない。また、前述の保母証人が試算した給水原価二九円三三銭/トンならば、右平均供給単価に比してもはるかに低い料金額である。したがって、四五円四八銭/トンが高水準の料金額なので売るためには一般会計から補助をして料金額を低く押さえる必要があるとの主張が成り立たないこと明らかである。
以上から、第二工業用水道は、被告が主張する前記「実例集」の例外には該当しないことが明らかである。
(2) 財政破綻の不可避性
第二工業用水道事業は、財政破綻が不可避であり、県と市の財政に過大且つ危険な負担をもたらす。本件補助は、かかる無謀な事業に市民を巻き込むものである。詳細は、別紙第四章三のとおりであるが、要約すると以下のとおりである。
① 内部留保の観点の欠如
資金計画では、減価償却費の全額を企業債の元金償還に充てることを予定し、また、積立金も考慮していないなど内部留保の確保という観点が欠落している。したがって、設備更新の際に再度借入や企業債を発行して借り入れる必要が生ずる。
② 恒久赤字、財政破綻の危険
アなどの事情から、資金計画では黒字に転換すると算定しているにもかかわらず、工業用水道事業会計の赤字は解消されず、永遠に赤字のまま推移することになり、右会計が財政破綻に陥ることは明らかである。
③ 東北製紙の増産計画の一〇万トン分の使用計画は、何ら具体化されていない。
④ 大王製紙の工場建設が第三期工事まで完了し二〇万トン/日を必ず使用するという保障は何もない。大王製紙の第三期工事自体、平成六年二月に出された大王製紙の変更後の事業計画及び平成八年四月の事業計画の変更申出によれば確実な計画となっていない。
(3) 補助の必要性の欠如
① 経済効果に対する疑問
大王製紙誘致による経済波及効果は乏しい上に著しく不安定である。詳細は、別紙第五章四のとおりである。
秋田県は、企業誘致は県の新総合発展計画の重要課題であるとした上、大王製紙誘致に伴う雇用機会の創出、売上高の増加、租税収入の増加等の経済波及効果などを強調しているが、この種の発展計画はどの都道府県においても有しているものであり、その中で一般に企業誘致が秋田県の指摘するような種々のメリットがあるものとして重要な課題として位置付けられている。そうすると、「特別の理由」を厳しく解し、安易な一般会計からの補助は認められず、単なる企業誘致のために料金を低く押さえる必要があるとの政策的判断のみでは「特別の理由」に該当しないとの「ハンドブック」などの見解(甲五五)も、当然にこのような現状を前提にした上でのものと考えることができるのであるから、秋田県の主張するような企業誘致とそれに伴う一般的な経済波及効果をもってしては、料金を低く押さえるための一般会計からの補助を是認する「特別の理由」を認めることはできない。
また、右の一般的な経済波及効果自体に対する批判は、別紙第一章二及び同第五章に詳述するとおりであり、特に、産業連関分析及び建設、操業、雇用等の各効果に対する批判は、同第五章四のとおりである。
② 玉川ダム水源の有効利用の点
ア.被告は、第二工業用水道事業が、大量の未売水を抱えながら料金額が高額になることが予想されるために施設の建設にも着手することができないでいる状況を一般会計としても放置することができず、「公共的必要性」があって補助することにした旨主張もしている。
しかし、「秋田湾地区」の開発にこだわって無謀な水源開発を第二工業用水道事業に行わせて大量の未売水を抱えさせた責任は秋田県にあるのであって、本末転倒の主張と言わなければならない。
イ.しかも、汚濁が進行している八郎潟を飲料水の水源としている八郎潟周辺の町から、玉川の水を水道用水として利用させて欲しい旨の強い要望がなされており(甲一七四)、工業用水としての水源から水道用水としての水源への転換について何等障害のない現在においては(「地方公営企業の経営健全化の推進について」甲五五の三八〇六頁以下)、玉川ダムの水の買い手を他に求めることもできるのである。また、和賀山塊の貴重な自然破壊との批判の多い真木ダムや五城目町の馬場目川ダム建設に上水道の水源を求めるムダを省くことができる。大王製紙などのために、四百億円以上の補助をするより、負担も少なく、県民の福祉に役立つ。従って、この点でも秋田県の主張には理由がない。
この点、被告は、「原告らが主張する水源の転用ともなれば、玉川ダム水源事業で既に交付を受けた国庫補助金の返還は免れない」旨論難する。しかし、総務庁が行政監察の結果、「余裕を生じている工業用水道については雑用水としての供給量の増大等を図るとともに、上水道等への転用が可能なものについては水利権の転用等のこと」(甲一七三の二。なお、甲五五の自治省通達も「他用途への水源転換」を指摘している)と勧告している。「措置を図る」ということは所要の手続を経て補助金の返還などがないようにするということに他ならない。転用は推進せよ、補助金は返還せよ、では勧告の意味をなさないことは自明である。(原告代理人が総務庁に電話照会したところでは、栃木県内に右の転用例があるとのことである)
③ 巨大営利企業に対する補助の違法性
大王製紙は、製紙業第四位の巨大営利企業であり、同社に対する補助には何ら公益上の必要性がない。すなわち、大王製紙は、資本金一八四億円、売上高二六八一億円、総資産四二五〇億円、従業員二七九九人(以上平成六年度)を擁する。また、平成元年から平成六年の六年間平均による経常利益は約二九億円とされる。平成元年には、南米チリへの進出計画を明らかにし、またハワイマウイ島のホテルを二三億円で買収するなどの動きがあり、ゴルフ場、レストランチェーン、スポーツクラブなどの多角経営に努めている。一方、秋田県の県民所得は、全国四〇位と最下位に近く、秋田市の予算七一〇億円(平成三年度)は大王製紙の売上高の約四分の一に過ぎない。しかも、大王製紙の誘致は、別紙第二章、第三章、第五章で詳述するように、公害と環境破壊を招く反面、経済的波及効果は乏しい。また、経済的波及効果は、程度の差はあれ県内の中小企業にもいえる。巨大企業であるが故に巨額の財政援助を行うというのは、何ら合理性のない差別的優遇である。
④ 環境破壊と公害発生
大王製紙の誘致により、環境破壊と公害発生が避けられない。詳細は、別紙第二章、第三章のとおりである。
⑤ 膨大な社会的損失
大王製紙誘致により前記のような公害発生による健康被害、漁業被害、釣り関連業種の被害及び公害環境対策費の増大により膨大な社会的損失が発生する。詳細は、別紙第五章三のとおりである。
⑥ 巨額の財政負担
大王製紙の誘致に関しては、計二〇二億円とされる本件補助に止まらず、港湾施設、道路等の産業基盤整備等の財政負担全体は巨額にのぼるため、約四二〇億円の未回収金額が四五年後も不良債権のように残り、県・市民全体の福祉の向上に明らかに反する。詳細は、別紙第五章二のとおりである。
5 公金支出の確実性
大王製紙の秋田進出については、本件覚書及び基本協定によって確認され、これに伴う工場用地造成のための秋田湾飯島地区公有水面埋立事業が、国の許可(平成三年一二月二七日)と知事の免許(平成四年一月七日)を得て同年三月三〇日着工され、現在も工事が続行されている。工場の建設は、平成六年四月に着工され、操業開始は平成一二年と予定されている。また、この操業開始に向け、平成二年より第二工業用水道建設事業が開始され、現在も続行されている。
したがって、本件補助として秋田県と秋田市の公金が支出されることは相当の確実性をもって予想される。
6 回復し難い損害の発生
本件補助は、平成七年から平成五一年までの四五年間に及ぶとされているが、平成元年度の試算によって、秋田県で約一一三億円、秋田市で八九億円という巨額である。
第二工業用水道事業収支計画によれば、大王製紙の負担価格を一二円五〇銭/トンとしたことで、秋田県と秋田市が、総額三六四億二三〇二万七〇〇〇円(水源費及び専用施設建設費にかかわる企業債償還金の元金の一部と利息全額、並びに一時借入の利息全額)を負担することとなり、秋田県で二三一億三九六二万六〇〇〇円を、秋田市で一三二億八三四〇万一〇〇〇円を負担することとなる。
かかる巨額の違法公金の支出は、それ自体回復し難い損害を生ずるものである。また、後日県知事又は秋田市長である(又はあった)特定個人に対し損害賠償の代位請求を行ってもその回復は事実上不可能である。
さらに、本件は任意の補助で、議会の了承を得ているようであるから、不法行為を構成するか疑問であり、且つまた直ちに私法上無効といえるか疑問であるから、不当利得返還請求も困難である。
したがって、差止請求の必要がある。
7 監査請求の前置
原告らは、平成四年四月三〇日、本件補助に関する公金支出について地方自治法二四二条に基づき住民監査請求をした。しかし、秋田県監査委員会は、これに対し、同年六月二六日付けで、本件補助は違法又は不当な行為ではないので、監査請求には理由がない旨原告らに通知した。
8 結語
よって、原告らは、地方自治法二四二条の二第一項一号に基づき、被告秋田県知事に対し、本件補助に関し、一切の公金の支出をしないよう命ずる判決を求める。
三 請求原因Aに対する認否(平成四年(行ウ)第三号事件)
1 請求原因1(一)(二)は認める。
2 請求原因2(一)は、昭和四五年に「秋田湾大規模開発」計画が策定され、その昭和五三年の計画案が二千数百ヘクタールであったこと、玉川ダム水源事業が二五四億円の県費負担で先行投資されたことは認め、その余は否認する。
請求原因2(二)の(1)ないし(7)は認める。
3 請求原因3(一)(二)は認める。
4 請求原因4(本件補助の違法性)について
(一) 請求原因4(一)(地方公営企業法一七条の三の趣旨、解釈)について
地方公営企業法一七条の三にいう「その他特別の理由」とは、独立採算の例外となり得るような合理的理由なり必要性があり、補助金の財源が主として税金であることを考慮しても、なおかつ補助するだけの理由があるもの、換言すれば、一般会計に帰属すべき公共的利益を確保するために、応分の経費を公営企業に補助してまでも当該事業を実施、経営しなければならないという、地方公共団体としての合理的理由なり公共的必要性が一般的に認められる場合については、地方公営企業法第一七条の二に規定する経費の負担の原則の例外として、一般会計が企業会計に対して補助することを認めていると解すべきである(地方公営企業ハンドブック三三五頁)(乙二九)。
なお、補助の方法については、地方公営企業法には何の規定も置かれていないが、一般には補助金の交付という形でなされるものであるが、財産の無償貸付等補助金以外の方法で補助を行うこともできる。また、補助は資本的収支及び収益的収支のいずれに対しても行うことができる(同三三七頁)。
(二) 請求原因4(二)(本件補助の違法性の各理由)について
(1) 請求原因4(二)(1)(料金の公正妥当性及び独立採算制の各違反)は争う。
反論は以下のとおりである。
① 水道料金の公正妥当性について
ア.「適正な原価に照らし公正妥当な料金」であること
地方公営企業の独立採算制は、企業に要するすべてについての独立採算ではなく、一般会計等との負担区分に基づく負担(同法一七条の二第一項)及び負担区分に基づかない補助(同法一七条の三)を前提とし、これらを除いた部分について独立採算で行えば足りる(地方公営企業ハンドブック)(乙二九)。
また、地方公営企業法施行規則八条四項では、補助等の部分を料金の設定に際して原価に織り込まないことができるという手法が認められているが、これは、例えば工業用水道においては料金を一定水準に抑えることを目的として、国庫補助金が交付されるように、公営企業においては、資本的支出に充てるため、補助金、負担金等が充当される場合があるところ、このような場合に、補助金、負担金等により取得した資産についてまで減価償却を行い、かかる減価償却費を料金に織り込んで利用者に負担させると、投下資本の二重回収となり、これら補助金、負担金等の趣旨に反することから定められた特例である。したがって、補助金、負担金等により取得された資産に係る減価償却費を料金に織り込まないとする右特例は何ら期間損益計算を歪めるものではない。
このように、地方公営企業の経理としては、負担区分に基づかない補助についても、適法に負担されるものであるかぎりは適正に収入し、かつ料金に織り込まずに期間損益計算するという処理、すなわち負担区分に基づかない補助等を除いての独立採算とすることが認められていると解するから、「適正な原価」を計算し「公正妥当な」料金を設定する場合は、当該補助をもって負担される金額を原価計算から除くことが適正であることになり、第二工業用水道についても適法な補助があることを前提にそのような原価計算をしているものである。
イ.原価の意味
「原価」とは、施設の償却費、維持管理費、支払利息その他の費用のほか、適正な利潤、および施設建設のために発行された企業債の償還をも考慮して定められる(「工業用水道事業法の解釈について」昭和三三年通商産業省企業局長通知)ものであるから、企業債の償還期間(二五年から三〇年)が施設の耐用年数(工業用水施設の場合四五年)より短いことから、事業の採算を施設の耐用年数の期間でみた場合において、毎年度の供給原価は、企業債の元利償還金が生ずる初期はその額に応じて高く推移しその後逓減していることになる。
公営企業の料金は、それを頻繁に変更することは利用者に不便と混乱を招くことにもなり、経済情勢の変化等客観的に妥当な場合を除いて長期的に安定していることが望ましく、初期において原価を下回る額であったとしても長期的には収支の均衡が図られるものであるとすれば、施設の耐用年数期間を平均した採算ベースに基づいて算定した一定額をもって設定することは妥当である。
第二工業用水道の料金は、以上の考え方にたって原価を算定し設定したものであるから、その料金は「適正な原価に照らし公正妥当」であり、実質的脱法的行為とか秋田県の裁量権を逸脱または濫用するとの原告らの非難は当たらない。
② 独立採算制との関係(料金引き下げのための補助の違法性)について
ア.実務(「実例集」)に沿った運用
今日においては、工業用水道等の産業基盤の整備による企業誘致、産業振興等地域産業の発展は地方公共団体全体にとっての重要な関心事であり、また、これによる税収や雇用機会の増大は地方公共団体の住民全体への利益の増大をもたらすことも事実であって、このような意味において、工業用水道料金を低廉なものとすることは一般会計を含めた地方公共団体全体にとって政策にかかわる問題であるという側面をもつ。以上の点を併せ考えると、料金の引き下げを目的とする一般会計の補助は、原則として認められないが、当該事業の未売水の発生状況、資本費負担の状況等により、経費の節減合理化を十分行ってもなお料金が高水準となることが避けられず、企業誘致、既存の受水企業との料金設定に関する交渉等の関係において客観的に不可能な場合に限り認められる(自治省財務局編「地方公営企業関係実例集」一五四頁)。
これを本件にあてはめると、第二工業用水道を新規に建設しても、未売水の発生状況、資本費負担の状況等により、経費の節減合理化を十分行ってもなお料金が高水準となることが避けられず、かつ、そのような高水準の料金を設定すれば、現実の問題として秋田湾地域で工業用水を利用する企業の誘致は実現せず、さらに既存の秋田工業用水道から受水している企業の料金に転嫁するような交渉も客観的に不可能であるという状況判断にたって、政策的に料金引下げのための施策(補助金の支出)を講じようとするものであり、まさに右基準にあてはまる。
イ.原告らの試算価格、他県との比較に対する反論
原告らはその独自に試算した補助がない場合の第二工業用水道の料金を二九円三三銭とし、これと東北、関東、甲信越地方にある九施設の平均料金四二円四三銭とを比較して、第二工業用水道の料金は、高水準とは言えない旨述べる。しかしながら、水道料金は、水質(原水か浄水か)、供給能力、契約率に左右されるものであり、浄水を供給する施設であれば、浄水施設建設費、薬品処理費等の維持管理費など原水供給施設には不要の経費がかかって料金が割高になるのは当然のことであり、また、供給能力が大きいものほど規模の利益が働き料金は安くなる。この点で、原告らが比較のために挙げた右九施設は、第二工業用水道とは比べようのない施設で、比較に価しない。
(2) 請求原因4(二)(2)(財政破錠の不可避性)については争う。
「減価償却費の全額を企業債の元金償還に充てることを予定」するのが適当なのかどうかの点は、そもそも地方公営企業は、民間会社とは異なり、事業を開始するための設備投資は、補助金及び企業債を財源として行い、営業開始後、収益的収支に現金の支出の伴わない減価償却費を計上することで、この内部に留保される資金をもって、企業債元金を償還するという仕組みになっており、「減価償却費の全額を企業債の元金償還に充てることを予定する」ことは、まさに地方公営企業法の考え方そのものであり、減価償却費の全額を企業債の元金償還に充てたところで何ら問題となるものではない。
「積立金も考慮していない」との主張に対しては、そもそも「積立金」とは、収益的収支において利益が生じた場合、「減債積立金」や「建設改良積立金」など、いずれも資本的収支の補填財源として使用する目的で積み立てるものであるが、第二工業用水道事業の場合は、資本的収支と収益的収支とを一体にとらえて、各事業年度において、実際にどれだけの資金が必要で、これに対していかなる資金が充てられるかについて着目し、結果としてどの年度にどれだけの資金不足を生じ、または資金の留保が生ずるかを推計する資金収支ベースで試算したものであり、前述のような補填財源を内部に留保する必要がないものである。
また、内部留保のために料金に適正な率の事業報酬を含ませるか否かの点は、第二工業用水道事業で設定している採算期間において通算した場合料金に折り込むべき原価は一一円二八銭であり、ユーザーに実質負担させようとする金額一二円五〇銭との差額がいわゆる事業報酬と企業経営に伴うリスクとして毎年度内部留保されていくことになるから、この点において、自治省財務局長通知「地方公営企業の経営健全化の推進について」(乙三〇)の趣旨に反しない。
「工業用水道事業会計の赤字は、永遠に赤字のまま推移するのか」の点は、換言すればコスト上昇分をそのまま放置するのかということである。第二工業用水道事業の収支については、現在営業を行っている秋田工業用水道事業などを参考に費用を算出したものであり、営業開始後、予想することができなかった事情が発生し、当初計画により難いこととなった場合など、事業全体の採算に支障をきたすようなときに、当然に料金の改定等を含めた資金収支の見直しを行うものである。
以上より、原告らが主張する「工業用水道事業が財政破錠に陥るのは明らかである」との指摘は当たらないものである。
(3) 請求原因4(二)(3)(補助の必要性の欠如)については争う。
反論は以下のとおりである。
① 経済効果
ア.秋田県では、人口減少や所得格差の是正という県政の重要課題解決のために、産業振興策の中で企業誘致を極めて有効な手段として位置づけ、長期計画に基づき鋭意推進している。しかし、本県工業の現況を平成六年工業統計により全国及び東北と比較してみると、従業者一人当たり出荷額では、全国平均の51.1%にしか達せず、全国で四七位、東北で六位となっている。また、一人当たり付加価値額においても全国平均の56.5%であり、全国で四六位、東北で五位と、依然として低位の水準にとどまっているのが現状である(乙八四)。
こうした状況において、誘致企業が県内製造業において占める割合と意義については、田中証人の陳述書(乙七六)により明らかであるが、平成六年の秋田県工業統計によっても、事業所数こそ10.6%でありながら、従業者数では35.4%、製造品出荷額では半額近い45.4%を占めるなど、県内製造業における牽引者的な役割を担っており、その存在意義は揺るぎないものとなっている(乙八五)。
イ.バブル崩壊に伴う不況により民間企業の設備投資意欲が減退したことと、急激な円高に伴い大企業はもとより中小企業においても海外展開が進展したことなどが相俟って、国内の工場立地件数は、平成七年の「工場立地動向調査」(通商産業省)によれば一、二八七件でピーク時(平成元年)の約三分の一の水準となり、平成二年以降低下を続けている。最近の企業誘致は、この少なくなったパイをめぐり各自治体(道府県、市町村)間の競争が熾烈になるとともに、東南アジア各国など海外との競合にもなっている(乙八六)。
このため、空港・港湾・道路・工場用地・工業用水など産業基盤の整備は当然のことで、補助金・低利融資・課税免除などの各種優遇策の面における競い合いの状況を呈している。中でも、効果の大きい補助金については、島根県の二〇億円を筆頭に福井県一六億円、北海道一二億円、大分県一〇億円など高額自治体が増加している実情にある。
原告らが内発的発展のモデルとして挙げている金沢市を含む石川県においても、企業誘致のため一〇億円の補助金制度を有しているというのが実態である。
ウ.こうした情勢の中で秋田県が大王製紙の誘致に成功した最大の要因は、製紙業にとって死活的な意味を持つ大量の工業用水の存在と、将来の国際競争に耐え得る物流拠点としての秋田港の存在であったことは強調すべきことである。秋田湾開発計画のため、先人が玉川ダムの嵩上げという先行投資により確保した豊富な工業用水があったからこそ、工業用水の会社負担額をトン当たり一二円五〇銭とする県と市の誘致優遇策も実を結んだと言っても過言ではない。
また、経済がグローバル化しつつある今日、物流拠点としての港湾はその重要性を増しつつあり、このことは昨年一一月に開設された韓国釜山港との外国貿易定期コンテナ航路が順調に取扱い貨物量を増加させていることからも明らかである(乙八七)。臨海部への企業導入により秋田港の港湾機能が更に充実整備されることは、物流面のコストダウン、新しい販路の開拓などを通じ多くの県内企業の競争力を強化するとともに、他自治体との厳しい企業誘致競争の場において本県の有力なセールスポイントとなるものである。
エ.以上のとおり、大王製紙の誘致は、秋田県を挙げて取り組んでいる新総合発展計画の中で重要課題と位置付けている企業誘致政策の一環として行われるものであり、新たな雇用機会の創出や県内産業における売上高の増加、更には県税収入の伸びなどの大きな経済効果が期待できるところから、秋田県が抱えている人口の県外流出や全国との所得格差等の課題を解決するうえで大いに貢献するとの判断に基づいているものである。
すなわち、絶対的な工業集積が少ない秋田県及び秋田市の産業経済の発展のためには、大型装置産業を含めた幅広い工業の集積が求められており、大王製紙についても、若年層の地元定着や大きな経済波及効果が期待されるものとして誘致したものであり、大王製紙秋田工場の第一期、二期計画終了時点における経済波及効果の試算結果は、次のとおりである。
a.工場建設による効果
大王製紙全体の設備投資額は一八六〇億円であるが、地元建設業や鉄工業を中心として五六〇億円程度の工事発注が見込まれるほか、それらの取引企業に対しても二三〇億円程度の発注が見込まれ、合計七九〇億円程度の県内受注が期待される。
また、秋田市内の企業においては一二〇億円程度の受注が見込まれるが、関係団体などが地元として積極的な営業活動をすることにより、限りなく県内の右受注額に近づくものと思われる。
b.操業による効果
大王製紙自体の年間工業出荷額は八〇〇億円となっているが、これは秋田市全体の出荷額のおよそ二五%に相当する。
また、操業に伴う資材調達やメンテナンス等を中心とした、地元卸売業、機械金属工業、運輸業等に対する発注や、従業員・家族の地元商店からの日用品需要などが、二八〇億円近いものになる。
c.雇用による効果
大王製紙秋田工場とその協力会社で、直接一、〇五〇人が雇用されるほか、経済波及効果の誘発により、県内各産業では二、六五〇人の雇用効果が生み出されるものと見込まれる。
なお、秋田工場は、秋田の出身者によって操業することを基本として、社員採用計画に基づき平成二年から採用を開始し、平成五年一月二六日現在九五名が本社工場において研修勤務に就いている。
d.その他の波及効果
これら経済波及効果のほか、港湾整備事業や工場建設期間における多数の建設従事者等の、土崎・飯島地区における消費が期待されるなど、地域経済への波及効果は極めて大きいものになると見込まれる。
また、二次的な効果ではあるが、税収増加が見込める。
オ.以上のように、本件補助は、秋田県としての総合的な政策上の見地から、財政負担を伴うもののそれを大きく上回るだけの公共的な必要性があると判断した上で行おうとしているものであり、このことは秋田県議会においても当該趣旨を踏まえた審議を経て、施設建設費等関連予算を議決していることなどからしても一般的に認められるべきものであり何らの違法ないし不当がないものである。
なお、このような県(一般会計)から企業会計への繰入れ(補助等)は、他県においても施設建設時だけを見ても広く行われており(平成六年度版「地方公営企業年鑑」によれば、県営一四九施設のうち七八施設)、何も秋田県に限ったことではなく、それぞれ各県が抱えている問題解決のために、政策的に行っているものである。
カ.原告らの主張に対する反論
a.産業連関表による試算の意味について
(a) 今日では公共事業をはじめとする各種プロジェクトや大規模なイベントが地域経済に与える経済的な波及効果の試算は、地域産業連関表を用いて行われることが一般的であり、秋田県が産業連関表を用いて試算を行ったことは当然のことである。
(b) 産業連関表は個別企業の取引をある程度の産業部門数に集計したものであり、特定の個別企業の投入産出構造そのものを表すものでないことは言うまでもないことである。乙二三の試算結果は、平成四年当時利用可能であった昭和六〇年の全国(パルプ・紙産業の投入係数)及び秋田県の産業連関表によるもので産業部門数は三三となっている。ここで用いたパルプ・紙の投入係数は、原告らが誤解している東北製紙のものではなく、全国のパルプ・紙製造会社の投入係数であり、標準的、平均的なものである。原告らの主張は、ごく常識的な経済学及び産業連関分析に対する的外れな非現実的主張というほかない。
(c) また、原告らは長銀総研の試算(甲一七二)と秋田県の試算が相違することをもって、秋田県の経済波及効果試算の根拠が不確実であると主張する。しかし、そもそも別個の前提・仮定・モデルに基づいた分析なり試算結果が相違するのは当然のことであり、そのこと自体何の不思議もない。それぞれの前提・仮定・モデルの内容を理解し、その限界を十分にわきまえた上で評価する態度こそ科学的態度と呼べるもので、原告らの主張は、結果数値のみを比較するなど、この必要最低限の手順を欠いていると言わざるを得ない。
b.建設効果、操業効果、雇用効果等について
(a) 建設効果
まず、第一に原告らは工場の建設効果について、一過性であることを理由に「…秋田県経済の真の発展に寄与するものではない。」と否定するが、直接効果五六〇億円、間接効果二二八億円と試算される経済効果は、たとえ一過性であっても本県経済に多大のプラスの影響を与えることは誰の眼にも明らかなことである。一般的に言っても、政府や地方公共団体の公共投資や民間設備投資の効果を、その一過性の故を持って否定することは通常の経済常識からはとうてい考えられないことである。
また、県内企業が工場建設受注の一端を担うことは、操業後のメンテナンス等継続的取引に発展することが大いに期待でき、そうした意味でも原告らの主張は余りに皮相的と言うしかない。
(b) 操業効果
ⅰ 第二に、操業効果に関し原告らは八〇〇億円の生産額は、「…大王製紙の出荷額であって、その所得等はすべて大王製紙に帰属」し、「…これをもって、操業に伴う経済効果となるわけではない。」旨主張する。しかし、これは産業連関表とその背後にある製造業を含む諸産業間の複雑な相互依存関係を全く無視した主張である。言うまでもなく、この八〇〇億円の中には大王製紙秋田工場に勤務する人々の雇用者所得が含まれており、平成二年全国産業連関表のパルプ・紙産業の投入係数によれば雇用者所得率は0.110943となっており、金額にすれば八八億七〇〇〇万円にも上る。この一事をもってしても、操業に伴う経済効果を否定する原告らの主張は成り立たないものである。
ⅱ さらに、八〇〇億円の生産額の中には、県内各産業からの投入が含まれており、これらは県内各産業にとっては大王製紙の操業に伴う売上高増という眼に見える直接効果である。
また、原告らは誘発効果の相当部分が大王製紙の子会社、関連会社を通じるもので県内企業に帰属しない旨主張するが、この主張こそは、産業連関表に対する無理解と、ここ秋田の地で操業するという全くの自明の事柄を見過ごしたという事実を露呈するものである。
なお、参考までに、波及効果の試算過程を詳述すれば、大王製紙の生産のために必要とされる各産業の投入額は、先に上げた全国のパルプ・紙産業の投入係数を生産額に乗じることにより求められる。
さらに、この必要投入額に産業毎の県内自給率を乗じることで県内需要誘発額が求まる。ここで言う県内自給率とは、ある産業の財やサービスに対して県内で一定の需要額が発生した場合に県内産業から供給される分の割合のことであり、県外からの調達分については予め控除しておくわけである。
次に、この県内需要誘発額に、県外からの移輸入を考慮した開放型経済の逆行列を乗じると、県内各産業に与えるネットの波及効果額が求められる。
このように県内各産業への波及効果の試算に当たっては、秋田県の取引実態に基づき、県外への流出分を二段階にわたって控除するなど適切に考慮しているものである。たとえ子会社、関連会社であろうとも、県内に立地・操業する以上は、雇用面はもちろんのこと、県内の各産業と取引を通じた相互依存関係に入るわけであり、秋田県の産業連関表を適用することは至極当然のことである。
ⅲ また、原告らは大王製紙の個別の投入係数が明らかでないことを理由に県の試算を否定するが、操業前の現時点において秋田工場の一次産業から三次産業までにわたる全ての取引額を特定することは到底不可能な事であり、そのために考案されたのが産業連関表に基づく分析であると言えるわけである。原告らは、一定の経済学上の仮定に基づいたモデルである産業連関分析に不可能を要求しているものであり、それこそ産業連関表の成り立ちを熟読すべきである。
ⅳ 以上の説明により産業連関表による秋田県の試算内容とその意味は明らかと考えるが、遠藤証人は「八〇〇億円の中から、地域経済に分配されて、おそらく回るであろうというのは、そこに働いている従業員の給与分に限られています。」と、経済学者としては到底考えられない証言を行っていることは全く理解に苦しむところである。
また、遠藤証人は秋田県が乙二三において昭和六〇年産業連関表を用いたことをもって、試算数値は「…信ずるに足らない、これが結論です。」とまで断言している。しかし、前述したとおり、秋田県の試算は乙二三提出時では最新の昭和六〇年産業連関表を使用したものであり、同証人の主張は当たらない。なお、参考までに、最新の平成二年産業連関表を用いて建設効果、操業効果の二期計画までの波及効果額を試算すれば、建設効果で一九〇億円、操業効果で三六五億円となる。なお後述する雇用効果については、平成二年産業連関表によれば二期操業時における誘発効果は二、六三六人と試算される(乙八八)。
(c) 雇用効果
原告らは、大王製紙伊予三島工場の雇用者数が減少していることをもって、秋田工場の雇用者数も同様ないしそれ以上の減少率に従う旨の主張をしている。これら主張は具体的根拠が一切ない全くの推測であり反論するまでもないところであるが、参考までに付言すると、現時点での大王製紙の説明によれば、秋田工場の社員数は一、一〇五名(協力事業所を含む)となる見込みであり、当初計画よりも四八名増加しているのが実際である。
c.県内企業の技術力高度化について
(a) 遠藤証人は、大王製紙と県内企業の受発注を通じた技術の伝播、高度化について、「…秋田県内の、次の中間財として原料になり、産業が関連して発展していくことは、生産物の性格からして、あり得ない」と証言している。これは、製造業における技術の伝播や技術力の高度化というものの本質を、原料から製品へという一方向の単線的な流れとしか解しえない証人の限界を如実に示す証言と言える。大王製紙が紙という最終製品を製造する故に県内企業に何の影響も与えないというのであれば、県内に立地している最終製品を製造する誘致企業が継続的な受発注取引を通じて、県内企業の技術高度化に現実に貢献しているという事実を、原告らはどう説明するのであろうか。製造業の場合、技術の伝播は、受発注取引自体の中で日常的に行われるものであるという重要な事実認識が、原告らの主張からは抜け落ちているとしか言いようがない。
(b) また、大王製紙秋田工場は、コンピュータ制御・最新機器の導入など、同社が蓄積したノウハウを駆使して建設する国内はもとより世界でも最新鋭の工場であり、メンテナンスひとつを取ってみても最新・高精度の技術力が必要とされるなど、同工場との継続的な受発注取引は県内企業に技術高度化をもたらすことは明らかである。
d.財政負担について
(a) 原告らは、大王製紙誘致に伴う秋田県の財政負担として、秋田港の港湾整備事業、第二工業用水道事業、本件補助等を挙げるが、これら全てを大王製紙誘致に伴う財政負担とすることの誤りである。秋田港の港湾機能を総体として強化することは、顕在、潜在の別なく不特定多数の利用者の利便向上を図るものであり、このような公共目的を達成することこそが財政の果たすべき本来の役割と言うべきである。第二工業用水道事業に関しても全く同じ論理が適用される。このように、港湾、道路などの産業基盤整備は、広く不特定多数の者にその効果が及ぶことから経済学的には公共財として位置づけられており、国や地方公共団体が自らの財政をもって整備することは当然の事と言わねばならない。
(b) 原告らは、遠藤証人が作成した財政バランスシートと称するものを持ち出し、純収入として税収、支出として道路・港湾関係・本件補助を挙げ、支出が県・市の税収を大幅に上回る旨主張する。ところが、このバランスシートは、比較対照として住民の便益増加分を挙げるのであればいざ知らず、収入として税収を挙げるという致命的なミスを犯しており、この両者の比較は経済学的に言っても何ら意味のないものとなっている。費用と対照すべきは効果であり、原告らの言うような税収ではないことは明らかである。
② 玉川ダム水源の有効利用
ア.玉川ダム水源事業は、銑鋼一貫製鉄所の立地を目指していた秋田湾地区開発計画地域等に対する工業用水の水源を玉川ダムに求め、雄物川から取水のうえ給水することを目的として計画されたものであるが、その後の社会経済情勢等の大幅な変動や銑鋼需要の低迷から、立地は困難となり、多大の未利用水を抱えることとなった。
この玉川ダム水源事業に要した費用は、二五三億七千万円であり、その財源として国庫補助金七〇億一千万円、県補助金五〇億七千万円、企業債一三二億九千万円をもって充てられたものである。この企業債の元利償還については、秋田県の政策的判断により、昭和五三年から、一般会計から秋田県工業用水道事業会計に対し、元金については貸し付け、利息については補助が行われてきたところである。
このため、玉川ダムに確保した水源が有効に活用されるか否かは県財政に多大の影響を及ぼすものであり、工業用水の多消費型企業の誘致が緊急に取り組む課題となっていたことから、種々検討を重ねた結果、平成元年一月大王製紙の誘致が確認され、秋田第二工業用水道事業が着手されるに至ったものである。
イ.工業用水の転用について
大王製紙の誘致が実現できなかった場合には、玉川ダムに確保した水源は有効に活用されることなく、事業の財源として充てられた企業債の元金、利息合わせて約二八三億円の償還のみならず、仮に原告らが主張する水源の転用ともなれば、玉川ダム水源事業で既に交付を受けた国庫補助金の返還は免れない。
③ 巨大営利企業に対する補助の違法性
地方公共団体が、営利企業の行う営利事業に対して補助金を支出することは、当該事業の実施がその地方公共団体にとって雇用創出の場の拡大や経済波及効果による地域住民の福祉の向上につながる場合には、合理的な範囲において認められるものと解される(地方自治法二三二条の二の解釈においても営利企業に対する補助を認めることができ、これを認める裁判例もある。)。
④ 環境破壊と公害発生
ア.環境アセスメントについて
a.原告らは、大王製紙秋田工場の三期計画や本件埋立予定地の前面の約28.7ヘクタールを含めて環境アセスメントを行っていないことを理由に、閣議決定に基づく環境アセスメント(以下「閣議アセスメント」という)が回避され、不当な手続きがとられたとしているが、大王製紙の第三期工場建設は一〇数年先の計画であり、将来の工業技術等の進歩発展を考慮すれば現時点でその建設計画を立案するのは現実性に欠けることになるのは明らかであることから、第三期工場建設は本件埋立事業の対象外としたものである。また、本件廃棄物処分場の前面の約28.7ヘクタールの公有水面における新たな産業廃棄物最終処分場の造成についても、一〇数年先の将来のことであって、埋立後の具体的な土地利用計画が定まっていないことから、本件埋立事業に含めることができなかったものである。したがって、本件埋立事業の全体面積は約四八ヘクタールで、このうち最終分場の面積は約7.5ヘクタールであることから、閣議決定に基づく環境影響評価を実施すべき面積(公有水面埋立にあっては埋立区域の面積が五〇ヘクタールを超えるもの、最終処分場にあっては設置又は変更後の面積が三〇ヘクタール以上となっている。)にはいずれも該当しないことから、直接公有水面埋立法に基づく環境アセスメントを実施したものである。
さらに付言すれば、閣議アセスメントと公有水面埋立法に基づく環境アセスメントでは、埋立工事及び埋立地の存在に関する評価が実施される点では同じであるが、埋立地の利用、すなわち本件の場合は大王製紙秋田工場の操業に関する評価については、閣議アセスメントでは対象外となっており、いずれにしても、操業に伴う影響評価については、公有水面埋立法に基づく環境アセスメント以外には実施されないものである。
また、本件環境アセスメントは、公有水面埋立法施行令三二条の二の規定に基づき、運輸大臣が埋立免許の認可に際して環境庁長官の意見を求めており、国の厳正な審査を受けているものである。したがって、閣議アセスメントが回避され不当な手続がとられたとする原告らの主張は当たらない。
b.また、原告らは、公有水面埋立法のアセスメントの運用を示したとする「公有水面埋立実務便覧 改訂版運輸省港湾局埋立研究会編」(昭和五二年八月五日発行)を前提として、未規制物質の予測・評価や代替案の比較検討が本件環境アセスメントで行われていないと主張する。
しかし、本件環境アセスメントは改訂された「公有水面埋立実務便覧 新訂版運輸省港湾局埋立研究会編」(昭和六二年一〇月二〇日発行)に基づいて実施したものであり、行政実務としては最新の実務便覧に基づいて行うのは当然のことである。これに関しては、第七回口頭弁論において原告側の藤原証人も、新訂版の実務便覧には代替案の比較検討等の要件が記載されていないこと、また、行政の実務としては最新の実務便覧に基づいて手続が行われるものであることを認めており、さらに本件環境アセスメントが違法ではないこともあわせて証言しているものである。
イ.ダイオキシンについて
a.ダイオキシンについては、その分解性、蓄積性、毒性等の性質について、世界各国で研究が進められている最中であり、人の健康に対する影響、環境全般に対する影響などが十分に解明されていない状況にあり、現時点では、「水質汚濁防止法」や「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」等の法令において規制を要する有害物質として指定されていないところである。
b.環境庁が平成三年一一月に発表した「紙パルプ製紙工場に係るダイオキシン緊急調査」にると、製紙工場周辺の環境汚染は現時点では人の健康に被害を及ぼすものとは考えられないと評価されている。
また、秋田県が平成三年度に実施した「平成三年度秋田湾におけるダイオキシン類調査結果について」(甲三一)の「3.調査結果の評価及び今後の対応」の中では、「今回の県の調査結果は、これらの調査結果よりもさらに低いレベルであり、さらに、2.3.7.8―TCDD当量濃度では、ほぼ『0』という低レベルであったことから、人の健康に被害を及ぼすものとは考えられない。」と評価されている。
c.原告らは、一九九〇年に、愛媛大学の脇本教授の調査により同県川之江市のボラから高濃度のダイオキシンが検出されたことを強調するが、その後の脇本教授の追跡調査によれば、「二年後の一九九二年の調査では、特に高濃度で検出されていたボラの2.3.7.8―TeCDFが検出限界レベルまでに低下していた。この結果から、同河口域の汚染が改善された結果であると考えた。」(乙七一)としている。また、環境庁では昭和六〇年から毎年有害科学物質汚染調査の一環として、全国の海域等の魚類、底質等のダイオキシン類の調査を実施しているが、その調査結果によれば、2.3.7.8―TCDDの検出状況については、「以前と比べて変化したとは認められない」となっている。したがって、「このような深刻なダイオキシン汚染は環境庁調査により増悪傾向が認められており、我が国の汚染状況は極めて深刻であるといえる。」とする原告らの主張は当たらない。
また、原告らは、高橋証人が作成した予測結果をもとに、代行製紙操業に伴う魚貝類のダイオキシン汚染は、第一年度で152pg/100g、第二年度で304pg/100gなどと結論づけているが、その予測方法や予測条件が根拠の不明な種々の仮定を前提としていることは、高橋証人の証人調書で明らかとなっており、環境庁の経年的な調査結果による前記「以前と比べて変化したとは認められない」との結果とも齟齬するものである。
d.大王製紙と被告秋田県知事及び同秋田市長との間で締結された「公害対策に関する確認書」において、ダイオキシン公害発生防止のための万全の対策を講ずるとの条項が規定されていることから、大王製紙秋田工場においては、国が提案している具体的な防止対策(乙一九)等を講ずるなど、万全な対策が講じられるものである。
ウ.その他大気汚染等について
a.原告らは、環境庁長官意見が本件環境アセスメントの評価を否定していると主張するが、公有水面埋立法四七条二項に規定する環境庁長官意見は、環境アセスメントの評価を踏まえながら、地域全体の環境保全の観点から、大王製紙秋田工場等の汚染物質の低減について配慮を求めたものであり、環境アセスメントの評価を否定するものではない。環境庁長官意見は、今後、大王製紙と締結することとしている公害防止協定において汚染物質の一層の低減などが盛り込まれること等により、十分反映されることとなる。
b.原告らは、石炭ボイラー等が電気事業法の電気工作物に該当し、大気汚染防止法で規定している計画変更命令、改善命令等の規定が除外されることをもって、実質的には大王製紙に排出基準を遵守させることは極めて困難となると主張するが、大王製紙秋田工場の石炭ボイラー等について大気汚染防止法の一部の規定が適用されないのは、電気事業法の体系の中に大気汚染防止法と同様な規制措置が用意されているからであり、また、今後大王製紙と締結することとしている公害防止協定においては、秋田県及び秋田市による立入り検査、改善命令等の監視規制措置が担保されることとなることから、原告らの主張は当たらない。
c.大王製紙の秋田工場が操業される場合には、石炭ボイラーのばい煙対策として、湿式排煙脱硫装置、低NOx(窒素酸化物)燃焼法、電気集じん機等のばい煙処理施設や方法を採用することにより、硫黄酸化物、窒素酸化物及びばいじんの各濃度はそれぞれ法令で定められた排出基準を遵守することとしており、また、スラッジボイラーについては、電気集じん機、排煙脱硫装置を設置するほか、ダイオキシンについては、厚生省の「ダイオキシン頻発生防止ガイドライン」に基づいた燃焼管理を実施する等の対策を講じることとしている。
d.いずれにしても、大王製紙秋田工場の操業に当たっては公害を発生させないことが前提であるとの認識に立って公害対策に万全を期すこととしている。具体的には、秋田県環境審議会(旧公害対策審議会)及び秋田市公害対策審議会において、それぞれ部会を設け、公害対策について審議を行っているところであり、その結果を踏まえて法令より厳しい排出基準で公害防止協定を締結するとともに、操業後も厳重な監視・指導体制をとることとしているものである。
⑤ 膨大な社会的損失との主張については争う。
⑥ それ自体巨額の財政負担との主張については争う。
5 請求原因5(公金支出の確実性)の原告主張の事実は認めるが、公金の支出までには条例の制定(改正)、予算の議決等、各種手続が残されている。
6 請求原因6(回復し難い損害の発生)は争う。
7 請求原因7(監査請求の前置)は認める。
四 請求原因B(平成四年(行ウ)第五号事件)
1 当事者
(一) 原告らは秋田市の住民である。
(二) 被告秋田市長は、秋田市の公金支出に関する最終責任者である。
2 大王製紙誘致の経過及び概要
請求原因A2の主張に同じ。
3 本件各補助の概要
請求原因A3の主張に同じ。
4 本件補助の違法性
(一) 地方自治法二三二条の二の意義
(1) 地方自治法二三二条の二は、地方公共団体は、「公益上必要がある場合」に寄附または補助をすることができると定める。
この「公益上必要」にいう「公益」とは、一般的には、「社会一般の利益」とか「社会における不特定かつ多数の人々の利益」ということができようが、「公益上の必要性」を一義的に決定するのは困難であり、憲法、地方自治法その他の法令の趣旨や内容あるいは一般法原則等に照らしながら、その時代的、社会的、地域的諸事情等のもとに、個々具体的に決定してゆかざるをえない問題である。
なお、補助金行政には必ずしも法律(条例)の根拠が必要でないとするのが通説である。しかし、この通説的見解によっても、全ての具体的な補助金交付について「公益上の必要性」という制限が及ぶことは言うまでもない。
(2) 公益上の必要の認定について
公益上必要があるかどうかの認定は、第一次的には地方公共団体の長が判断し、次いで議会が予算審議を通じて判断する。この判断は、「客観的に覇束された行為であり、いわゆる自由裁量行為ではない(行実・昭二八・六・二九自行行発一八六号)」から、客観的に公益上必要であると認められなければならない。
名古屋地裁昭和四三年一二月二六日判決(行政集一九巻一二号一九九二頁)は、「『公益上必要』とは単に当該公共団体の収入の増加に役立つということではなく、住民全体の福祉に対する寄与貢献と解すべきもの」とし、右のような収入増加策は正道を外れたものとして、公益上の必要性を否定した判例も「補助をするのはその長の裁量行為によるものであるが、右は全くの自由裁量ではなく、客観的に当該支出が公益上必要であることを要する」旨判示している。また、いわゆる八鹿闘争関連住民訴訟事件(神戸地裁昭和六二年九月二八日判決(二件、判例タイムズ六六五号六六頁))は、原告の請求を一部認容し、その理由中において、「普通地方公共団体が特定団体の事業活動の経費補助をするにつき地方自治法二三二条の二の公益上の必要があるかの判断は、右事業活動が果たすべき公益目的の内容、右目的が普通地方公共団体の財政上の余裕との関連における重要性と緊急性の程度、合目的性、有効性、公正・公平など他の行政目的を阻害し行政全体の均衡を損なうことがないか、など諸般の事情を総合してなすべきである」と判示して客観的判断を必要とし、「そのうえで公益上必要な場合に該当する事実がなく、又は右認定が全く条理を欠く場合には、右補助金の支出は違法である。そしてさらに、補助金支出が、目的違反、動機の不正、平等原則、比例原則違反など裁量権の濫用・逸脱となるときには、右補助金支出は違法といわなければならない」旨判示する。右のほか、紡績工場から排出される汚水の処理施設の建設を目的とする特別都市下水路事業管理組合が受益者に対し賦課した負担金の一部について、町が延納の措置を認めさせるために、右組合に対し、事業費の財源として右延納相当額を支出した行為が、地方自治法二三二条の二にいう「公益上の必要がある場合」に当たらないとされた事例(名古屋地裁昭五一・二・二五判・行裁集三一巻九号一九七四頁)などが本件に参考になる。
(3) 営利企業に対する補助金
営利を目的とする会社等に対する補助金交付は、特別の理由(例えば、温泉の多数ある町村が温泉浴場の広告費に対し町村費で補助することや採算を犠牲にしている等)がないかぎり認められない(行判昭和六・一二・二六行録四二輯一二巻一三一八頁)と考える(前記名古屋地裁昭四三・一二・二六判決参照)。
ところで、誘致企業に対する補助金について「住民の雇用人員が増加し、住民の経済力増加に寄与し、当該工場から同市に対する納税が恒常化し同市の財政を潤すことが十分期待し得るものである」ことを理由に公益上の必要を認めた岐阜地裁昭和五〇年九月一八日判決(行政集二六巻九号一〇一一頁)がある。しかし、雇用の増大ということはおよそ全ての企業活動に伴うものであって、このようなことが公益上の必要を充たすということは余りにも無限定である。また、「住民の経済力増加」などということは、余りにも間接的な「効果」であって、営利企業に対する補助の根拠としては不十分である。また、税収の増加ということも、それだけで公益上の必要というのはおかしい。固定資産税・事業税等は、それぞれの課税要件該当者がみんな支払っているからである。また、別紙で分析したように外来型開発といわれる県外大手企業の場合、税収増大の効果は乏しいのであり、むしろ巨額の財政負担や社会的損失が発生するから右岐阜地裁判決は到底一般化できない。なお、営利会社に対する補助金につき、厳しくない見解を採るとしても、雇用や税収の増大の程度や所得向上の程度等を問題とすべきであろう。
(二) 「公益上の必要」(地方自治法二三二条の二)
本件補助は、以下の理由により、右「公益上の必要」に該当せず違法である。
(1) 本件補助は、地方公営企業法二一条二項及び工業用水道事業法一七条三項一号の実質的脱法行為であり、到底公益上の必要性を認め難い。
本件補助は、大王製紙の本件工業用水道料金支払を援助する目的で行われる。これは、被告らが、大王製紙との間で、工業用水トン当り一二円五〇銭という地公企法二一条二項および工業用水道事業法一七条三項一号に違反する原価割れの低料金を合意したからである。かかる違法な低料金の穴埋め目的、つまり実質的脱法行為のための補助は、到底公益上の必要性を認め難い。
右各条項に違反する点は、請求原因A4の主張と同じであり、その他、詳細は別紙第四章のとおりである。
(2) 財政破錠の不可避性
請求原因A4の主張に同じ。
(3) 補助の必要性欠如
① 経済効果が少ない。
秋田市が指摘する雇用創出や地域振興、住民福祉の観点は、別紙第五章四で指摘したとおり、あまりにも漠然としており、具体的に秋田市の住民からどれだけの人員が直接間接に雇用されるのか不明確であり、むしろ秋田市以外からの転入者が増加することにでもなれば、居住環境整備のための支出を余儀なくされる。現在ある程度予測しうるのは租税収入の増加であると思われるが、これとて安定したものではないうえ、大王製紙への補助と相殺すれば多額とは言えず、他方、公害の発生、環境破壊などによる社会的損失をも考慮すれば、秋田市の受けるのはむしろデメリットであり、この点でも「公益上の必要」性は認められない。
② 大営利企業への補助の不必要
請求原因A4の主張に同じ。
③ 環境破壊、公害発生
請求原因A4の主張に同じ。
④ 膨大な社会的損失
請求原因A4の主張に同じ。
⑤ それ自体、巨額の財政負担
請求原因A4の主張に同じ。
⑥ 本件補助の対象の問題性
本件補助は、秋田市から秋田県企業局(県工業用水道事業)に対する財政援助という側面を有するが、秋田県は秋田市に対し事実上も財政上も優越的地位にあることは公知の事実であるから、かかる補助には何らの公益上の必要性がない。すなわち、本件補助は、形式は大王製紙への補助ではあるが、補助額そのものはそのまま料金の一部として第二工業用水道事業会計に納付されるものであり、実際には第二工業用水道事業に対する寄付として機能することになっている。一般に地方公共団体の財政の健全化のために、国あるいは上位の団体から寄付を徴収することは禁止または制限されており(地方財政法上、国からの寄付の徴収は禁止または制限されているが、このことは地方公共団体相互の関係でも当て嵌まることである。)、また工業用水道事業法でも、下位の地方公共団体からの寄付が認められるのは特別受益がある場合のいわゆる「受益者負担の原則」による寄付だけに過ぎず、下位の地方公共団体からの寄付を一般的に容認したような規定はない。そうであれば、本件で秋田市の主張する経済波及効果等は、工業用水道施設建設とそれによる工業用水の供給開始によって秋田市が受ける直接的な利益ではないから、いわゆる「受益者負担の原則」によって第二工業用水道事業に公金を支出する理由がないことになり、この点でも「公益上の必要」性は認められない。
5 公金支出の確実性
請求原因A5の主張に同じ。
6 回復し難い損害の発生
請求原因A6の主張に同じ。
7 監査請求の前置
請求原因A7の主張に同じ。
8 結語
よって、原告らは、地方自治二四二条の二第一項一号に基づき、被告秋田市長に対し、本件補助に関し、一切の公金の支出をしないよう命ずる判決を求める。
五 請求原因Bに対する認否(平成四年(行ウ)第五号事件)
1 請求原因1(一)(二)は認める。
2 請求原因2については、請求原因Aに対する認否2に同じ。
3 請求原因3については、請求原因Aに対する認否3に同じ。
4 請求原因4(本件補助の違法性)について
(一) 請求原因4(一)(地方自治法二三二条の二の意義)について
(1) 請求原因4(一)(1)は争わない。
(2) 請求原因4(一)(2)は、解釈内容及び判例の存在については争わない。
(3) 請求原因4(一)(3)(営利企業に対する補助金)は争う。
地方公共団体が、営利企業の行う営利事業に対し補助金を支出することは、当該事業の実施がその地方公共団体にとって雇用創出の場の拡大や経済波及効果による地域振興や地域住民の福祉の向上につながる場合には、合理的な範囲内において認められるものと解される。
(二) 請求原因4(二)(公益上の必要)について
(1) 請求原因4(二)(1)(地方公営企業法二一条二項等の実質的脱法行為等)は争う。
地方公営企業法二一条二項、工業用水道事業法一七条三項違反の主張に対する反論については、請求原因Aに対する認否4(一)及び同Aに対する認否4(二)に同じ。
(2) 請求原因4(二)(2)(財政破錠の不可避性)については争う。
請求原因Aに対する認否4(二)(2)の主張に同じ。
(3) 請求原因4(二)(3)(補助の必要性欠如)については争う。
反論は以下のとおりである。
① 経済効果
ア.秋田市の現状と展望
a.秋田市は、東北六県の県庁所在市との比較において、人口は仙台市に次いで第二位であるが、工業に関しては、事業所数、従業者数及び製造品出荷額等ではそれぞれ第四位に甘んじている現状にある。こうした中で、秋田市の平成六年における誘致企業の全製造業に対して占める割合は、事業所数は全体の一〇%であるにも拘らず、従業者数では全体の三四%、製造品出荷額では四七%を占めており、このことは誘致企業が市内の工業全体のなかで大きなウェイトを持っていることを如実に示している(乙八九)。
b.このため、秋田市では、長期総合計画において、「はつらつとした産業活力都市」づくりを目指し、この実現に向け工業の振興を政策の大きな柱として取り組んでいるが、なかでも企業誘致については、秋田市への工業集積の量的拡大はもとより、雇用機会の創出による若年層の定住促進や、産業構造の高度化並びに所得水準・福利厚生等労働条件の向上をもたらし、このことにより、秋田市の工業の振興、市勢の発展に寄与するものと認識し、これまで積極的に推進してきたところである。なお、企業誘致については、地域の活性化を図るため、自治体間で熾烈な競争が行われている実態にある。このための優遇措置は、優良企業の誘致を目的に、企業の立地意欲がかき立てられるような特長ある内容とするべく、創意工夫をこらしながら、数多くの自治体において政策的に行われている。秋田市においても、「秋田市商工業振興条例」に基づき、これまで多くの誘致企業に対して優遇措置を講じてきており、そのうちの高額なものとしては、総額八億六千万円超の優遇措置を行った例がある。
イ.補助金を支出してまでも大王製紙を誘致する理由について
a.絶対的な工業集積の少ない秋田市の産業経済の発展のためには、地域経済の活性化に直結するような高付加価値型企業や研究開発型企業をはじめとする多様な形態の企業誘致が求められている。こうしたなかで、大王製紙の誘致は、とりわけ大型装置産業として、工場建設に伴う関連業界への波及はもとより、技術労働者をはじめとした、いわゆる男子型の安定した大量雇用の場が創出されるとともに、製造品出荷額の増加や関連企業への技術的・経済的波及効果、さらには原材料・資材の地元調達及び市内の商業をはじめとする第三次産業など広範な方面への好影響が期待され、長期にわたり秋田市の工業のみならず産業経済の活性化に大きく寄与すると政策的に判断したものである。
b.一方、大王製紙側からみると、企業戦略として、将来の需要動向を見据え、長期的視野から東日本に生産拠点を持ちたいとする意向と、本県の玉川ダムからの豊富な水量、秋田港の利便性・発展性等の立地環境とが、両者の条件として合致したことによるものである。
なお、大王製紙誘致のプロジェクトが秋田市に持ち込まれ、これに対する秋田市からの助成金額の算定や、県・市の負担割合等についての具体的検討協議を始めたのは、昭和六三年秋からであり、本件覚書を締結する平成元年一月二〇日までの三カ月の間、短期間とは言え秋田市の関係する部局が総力をもって鋭意検討を行い、また、秋田県とも精力的に協議を重ねた結果によるものである。さらに、本件覚書や基本協定書等の文書については、秋田県・秋田市・大王製紙三者の連名により取り交わしていることから、締結に至る三者協議には、言うまでもなく秋田市は当初から参画している。
ウ.大王製紙秋田工場誘致による経済波及効果について
大王製紙秋田工場の第二期計画までの秋田市への経済波及効果については、秋田市の藍原証人が陳述書の中で述べているところであるが、最新の平成二年産業連関表を用いて建設効果、操業効果の二期計画までの波及効果額及び雇用効果を試算すれば、次のとおりとなる。
a.工場建設による効果について
工場建設時における秋田市への波及効果としては、建設業や鉄工業などを中心に八六億円程度の市内企業への発注が見込まれるほか、これらの取引企業に対しても三〇億円程度の発注が見込まれ、合計一一六億円程度の市内受注が期待される(秋田市分は県全体の15.4%であるが、地元ということで、積極的な営業活動を行うことにより、限りなく県内受注額に近づくものと思われる)。
b.工場操業による効果について
操業に伴う秋田市への波及効果としては、資材調達やメンテナンスなどを中心として、卸売業、機械金属工業、運輸業などに対する発注や、従業員・家族の、地元商店からの日用品需要などが、一八七億円程度見込まれる(秋田市分は県全体の51.2%であるが、資材調達等に積極的な営業活動を行うことにより、限りなく県全体額に近づくものと思われる)。
c.雇用による効果について
(a) 大王製紙秋田工場とその協力事業所で直接一、〇五〇人程度が雇用されるほか、経済波及効果の誘発により、関連産業で約二、六三六人程度の雇用増となるなど、合計三、六八六人程度の雇用創出効果が生み出されるものと見込まれる。厳しい雇用情勢が続いているなかで、とりわけ若者の定住対策が急務となっている秋田市にとって、この新たな雇用創出は若年層の地元定着をはじめ、関連産業への波及による中高年齢層の雇用機会の拡大、さらには労働条件の改善、福利厚生の充実など大企業による市内の労働福祉環境の向上に向けたけん引効果が期待され、総じて本市の活性化に結び付くものと確信している。
(b) 協力事業所について、原告側では、修理・清掃・運搬など生産活動周辺の雑業的業務であると誤認しているようであるが、この場合の協力事業所は、本社三島工場の例で言えば、操業部門(生産部門の操業を直接・間接的に支援し、自主的な運営に基づいた経営を行っている会社。工場内に事務所があり常傭作業を担当する。)、メンテナンス関係(生産設備の修理工事を施工している外注先のうち、従業員が常態的に工場内で作業する会社。)となっており、決して原告側が指摘しているような雑業的な業務のみではないものである。さらに、秋田工場の操業にあたっては、操業が軌道に乗るまでの一定期間は、原告の主張のとおり、大王製紙四国本社工場からオペレーターとして応援派遣されることになるが、これと入替わりに秋田からの新規採用者が四国本社工場へ研修勤務に就くこととなり、この形態がローテーションで行われることから、地元からの採用については、基本協定の趣旨に則り、積極的に行われるものである。
(c) ところで、大王製紙の社員数について、九〇年代に入って大幅な人員削減を行っており、従業員数は三、〇〇〇名を大きく切っていることなどから、秋田工場における地元からの採用はそれほど期待できないとの指摘が原告からなされている。しかし、人員減少は関連会社の人材不足を補うため、大王製紙本社から関連会社へ出向させていることによるのであり、大王製紙としての社員数は、ここしばらく一定の水準で推移している実態である。むしろ、大卒新規採用計画では、九七年春は九六年春に比して2.6倍の四〇〇人の採用計画となっており、これは九〇年の二〇〇人を上回り過去最大規模となっている。このように大王製紙では、新工場建設に加え、家庭紙などの事業拡大による必要人員の確保に取り組んでいることがうかがえる。さらに、大王製紙では九七年に続き九八年以降も高水準の採用を続ける方針としているとのことである(乙九〇)。
エ.その他の波及効果について
これらの経済波及効果のほかに、工場建設時における多数の建設従事者などの地元における消費や、大王製紙関連の社宅・独身寮整備により地域の居住人口が増加することに伴う地域活性化、さらには、操業後において大王製紙関連の社用によるホテル等サービス関連施設の利用に伴う需要が喚起されるなど、地元商店街を中心とした地域商業の発展が期待される。
大王製紙秋田工場の建設は、第一期工事の設備投資予定額が一、〇〇〇億円超と、能代火力発電所建設事業、男鹿国家石油備蓄基地建設事業に次ぐ、県内では久々の大型工事であり、できる限り地元企業への受注促進を図る必要がある。このため、既に、地元企業の受注体勢の組織化や情報収集等を行うための県・市・商工会議所連合会からなる「受注促進懇談会」を設立し活動している。また、県内各業界団体では、「大王製紙(株)秋田工場受注促進協議会」を設立し、発注に関する情報の収集・提供体勢の確立、地元企業活用の発注要請活動など広範な事業を展開しているところである。
② 巨大営利企業への補助の不必要
請求原因Aに対する認否4(二)(3)③の主張に同じ。
③ 環境破壊、公害発生
請求原因Aに対する認否4(二)(3)④の主張に同じ。
④ 膨大な社会的損失との主張は争う。
⑤ それ自体、巨額の財政負担との主張は争う。
⑥ 本件補助の対象の問題性
秋田市が補助金を交付する相手方は大王製紙であり、これは経済波及効果等を考慮し、誘致の条件を満たすため交付するものである。原告は、秋田市があたかも大王製紙をいわゆるトンネルのように介して、県企業局の工業用水道事業会計に対し補助金を支出するがごとく主張するが、大王製紙は、県企業局が定めることとなる適正な工業用水道料金を支払うものであり、秋田市からの補助金を上乗せして支払うものではない。
このことは、万が一、大王製紙が第二工業用水道を使用しないと仮定するならば、秋田市は補助金を支出しないこととなり、この場合には企業局の事業収入にならないことから、秋田市が補助金を支出して優遇支援する相手は、形式的にも実質的にも県企業局ではなく大王製紙であることは明白である。即ち、秋田市の企業振興施策に合致する企業が第二工業用水道を使用しない限り、秋田市は一切の第二工業用水道に関する補助金は支出しないものであり、秋田市があたかも大王製紙を介して県企業局の工業用水道事業会計に対し補助金を支出するがごとく主張するのは、誤りである。秋田市は当初から「商工業振興条例」の趣旨に基づき、直接大王製紙に対して補助することを検討したものである。
5 請求原因5(公金支出の確実性)の原告主張の事実は認めるが、公金の支出までには条例の制定(改正)、予算の議決等、各種手続が残されている。
6 請求原因6(回復し難い損害の発生)は争う。
7 請求原因7(監査請求の前置)は認める。
六 請求原因C(平成六年(行ウ)第二号事件)
1 当事者
(一) 原告らは秋田県の住民である。
(二) 被告は、秋田県知事として、後記工事請負契約締結及び公金支出について、最終の権限と責任を有する。
2 大王製紙誘致の経過及び概要等
請求原因A2の主張と同じ。
3 公有水面埋立工事及び産業廃棄物処分場の概要
秋田県は、大王製紙の事業計画のうち、第一、第二期計画と第三期計画を分割して、前者に必要な埋立面積約四八ヘクタールについてのみ公有水面埋立免許を申請し、その埋立免許を受けた。右免許中、工場用地としての埋立区域は、第一区域から第三区域に分けられ、このうち、第三区域(七万四六二〇平方メートル)が、大王製紙秋田工場からの産業廃棄物が埋立処分される最終処分場(以下「本件廃棄物処分場」という。)である。右第三区域への埋立材として投棄される産業廃棄物は、大王製紙秋田工場のパルプ、紙、紙加工品製造工程で発生するスラッジ灰、石炭灰、石炭汚泥などとされている。そして、秋田県は、右処分場を、いわゆる「管理型の処分場」と位置づけ、その外周施設の前面護岸及び中仕切施設護岸の遮水構造については、鋼矢板による鉛直遮水工を海底深層部の難遮水層(砂泥互層部)に至るD・Lマイナス二七メートルまで打ち込み、遮水性を確保した上、地震対策として、関係法令に基づき耐震設計を行うとしている(産業廃棄物処理施設設置許可申請書1―8)。
4 本件廃棄物処分場設置の違法性
(一) 廃棄物の処理及び清掃に関する法律一五条違反
秋田県は、前記のとおり、本件廃棄物処分場はいわゆる管理型の廃棄物処分場であるから、それに対応した構造で足りるとして、その旨の設置許可を秋田県知事に申請し(以下「本件設置許可申請」という。)、同知事は、廃棄物の処理及び清掃に関する法律(以下「廃掃法」という。)一五条一項の許可を与えた(以下「本件設置許可処分」という。)。
(1) 「管理型」の違法
本件廃棄物処分場は、「管理型」ではなく、「遮断型」の構造を有していなければならないところ、廃掃法令の定める基準を満たしていない。詳細は、別紙第三章二のとおりである。
(2) 遮水性の欠如
① 管理型であっても、保有水等の処分場からの侵出を防止するため、遮水工を設けることが求められている(廃掃法一五条二項一号に基づく「一般廃棄物の最終処分場及び産業廃棄物の最終処分場に係る技術上の基準を定める命令」昭和五二年三月一四日総理府・厚生省共同命令第一号二条一項四号、一条五号イ)。ただし、「埋立地と公共の水域及び地下水との間に十分な厚さの不透水性の地層」があれば、人工的な遮水工がなくてもよい(同右)。
② 本件廃棄物処分場では、水平方向の遮水工としては鋼鉄板があるが、垂直方向では人工的な遮水工はないので、底部の地層が右にいう「十分な厚さの不透水性の地層」に当たるかどうかが問題となる。
③ この点については、既に前記埋立免許前に、白石建雄秋田大学教授及び福留高明同大学助教授両氏が指摘したように、本件廃棄物処分場予定地の地下の地層には、十分な厚さの難透水層であるシルト層が連続しては存在せず、また、透水係数からみても、十分な「透水係数10−5cm/sec以下)難透水地層が連続して存在することが認められない。
④ そうすると、前記各法令で求められている遮水工又はそれに代わる地層が認められないのであるから、本件廃棄物処分場設置は、前記各法令に違反する。詳細は別紙第三章三のとおりである。
(3) 耐震性の欠如
① 管理型処分場は、「自重、土圧、水圧、波力、地震力等に対して構造耐力上安全であること」が必要である(前記総・厚令二条一項四号、一条五号イ)。
② 右条項の「地震力」等は、当然、当該廃棄物処分場予定地で予想される地震を想定しなければならない。ところで、本件廃棄物処分場予定地一帯は、マグニチュード(M)七級の直下型並びに海洋型地震の発生が極めて高い可能性で予測される地域に属する。現に、秋田県沿岸部は、地震予知連絡会が全国一〇か所に指定する特定観測地域に含まれ、近い将来大地震の発生する可能性が、多数の地震専門家から指摘されている。更に、国土庁が作成し、秋田県が編集協力した「秋田地域地震対策中縮尺土地保全図」も、六〇〜七〇年毎に日本海中部地震程度の地震が再来する可能性が高いことを指摘している。
③ しかも、本件廃棄物処分場は、地震の震度が増幅するとされる「埋没谷」上の埋立地として設置されるので、右のような大地震が発生した場合に、本件廃棄物処分場の護岸及び鋼矢板が甚大な損壊を被ることは、日本海中部地震で既に実証されている。ところが、県は、このような発生の可能性の高いM七級の地震に対応した耐震設計を行っていない。したがって、本件廃棄物処分場は、廃掃法一五条及び総・厚令で定められた「安全性」を備えていない。詳細は、別紙第三章四のとおりである。
(二) 廃掃法一〇条違反の点
(1) 廃掃法一〇条は、「事業者は、その産業廃棄物を自ら処理しなければならない」と排出事業者の自己責任の原則を定め(一項)、県は「主として広域的に処理することが適当であると認める産業廃棄物の処理をその事業として行うことができる」と定める(三項)。
(2) 本件廃棄物処分場は、秋田県が設置し、管理運営する処分場となるが、その処分場利用者は、大王製紙秋田工場だけである。
(3) つまり、秋田県は莫大な費用を投じて、ただ一私企業のみのために、本件廃棄物処分場を設置するわけである。
(4) これは、廃掃法一〇条一項、三項に違反する。
(三) 手続上の違法
(1) 昭和五九年八月二八日付け閣議決定「環境影響評価の実施について」(いわゆる閣議アセスメント)は、公有水面埋立にあっては、五〇ヘクタール以上、産業廃棄物最終処分場にあっては三〇万平方メートル以上のものについて、同閣議決定が定めるアセスメント手続きを経ることを求めている。右閣議決定は、法令ではないものの公序とされ、多くの事業について適用されてきたものであり、当然秋田県もこれに従うべきものである。したがって、本来右閣議アセスメント手続をとるべき事業についてこれを履践しなかった場合には、手続上の違法として、当該事業行為自体も違法性を帯びることになる。
(2) ところで、先に述べたように、本件埋立行為は、三期計画まで合計すると、埋立面積は、六六ヘクタール以上に達し、五〇ヘクタールを超えるものであった。しかも、三期計画のうち、約二八ヘクタールが、本件廃棄物処分場前面(海側)に産業廃棄物処分場予定地として埋め立てられることになっているので、一、二期計画での本件廃棄物処分場と合わせると、合計三六ヘクタールとなり、三〇ヘクタールを超える。
(3) ところが、秋田県は、右閣議アセスメント手続を回避するために、それぞれ五〇ヘクタール及び三〇ヘクタールを下回るようあえて計画を分割の上、公有水面埋立免許及び産業廃棄物処分場設置許可を申請した。この経緯は、既に、平成元年六月九日付け秋田さきがけ新聞の記事に明らかになっていた。同記事によると、「今回のように埋立面積が五〇ヘクタールを越える場合には」、閣議決定による事前手続が必要で、このアセスメント手続を経ると、埋立免許まで期日がかかり、工場操業時期が大幅にずれ込むため、あえて、埋立計画を「二回に分けた形で考えなければならない」とされていた。
(4) このような行為は、法令の適正な執行を使命とする秋田県にとって到底許容されない非違行為というほかなく、右閣議決定が求めた適正手続の重大な違反というべきである。したがって、このような重大な手続違反は、本件廃棄物処分場設置を違法ならしめるものである。詳細は、別紙第三章一のとおりである。
5 被告佐々木喜久治の責任
(一) 被告佐々木喜久治の違法行為
本件廃棄物処分場設置は、既述の通り、秋田県知事による廃掃法に違反した違法な設置許可処分に由来しているが、それら秋田県及び秋田県知事の一連の行為の過程において、被告佐々木喜久治は、次の通り、いずれも主たる権限と責任をもっていたものである。
(1) 被告佐々木喜久治は、秋田県の代表者として、本件廃棄物処分場を含む公有水面の埋立について、運輸大臣に対し、認可申請をし、平成三年一二月二七日、同大臣から認可を得た。そして、翌平成四年一月八日、港湾管理者の長である秋田県知事佐々木喜久治は秋田県に対し埋立免許を出し、同年三月三〇日に、埋立工事が着工された。
(2) ところが、同認可決定に当たり、埋立予定地内の廃棄物処分場予定地の地層の遮水性等について、秋田大学教授ら専門家から重大な疑問が出されたため、異例の追加調査が行われた結果、同予定地の工事着工は延期された。ところが、被告佐々木喜久治は、秋田県港湾課と同教授らとの意見交換が合意を見ない内に、同意見交換を打ち切らせ、秋田県として、同年一〇月二六日、秋田県知事佐々木喜久治に対し、本件設置許可申請を出し、同知事は、同月三〇日、本件設置許可処分を行った。
(3) 本件設置許可を受けて、同年一二月の秋田県議会では、右廃棄物処分場予定地の埋立工事及び同処分場設置工事のための契約案件が提案、審議された。同議会において、被告佐々木喜久治は、本件設置許可処分に違法性がない旨積極的に説明等した結果、同議会は、反対意見を押し切って、右議案を可決成立させた。それ以降、被告佐々木喜久治は、秋田県の代表者として、別紙一飯島地区公有水面埋立事業工事一覧表記載の各契約を締結し、その工事代金総額四五億三六四八万八七四〇円を同表記載の通り、秋田県に支出させた(以下「本件公金支出」という。)。
(二) 本件公金支出の違法性
右のとおり、本件廃棄物処分場は、廃掃法に違反する重大な欠陥を有しており、同処分場の設置許可は同法令上の基準を満たしていない違法な許可処分である。ところが、本件設置許可処分を前提にして、本件廃棄物処分場設置工事の契約が締結され、同工事の代金として本件公金が支出された。
本件公金支出自体は、右の通り、直接的には別紙一飯島地区公有水面埋立工事一覧表の工事請負契約に基づくものであるが、右工事請負契約は、当然のことながら、右設置許可処分がなければそれに引き続いて行われることのないものである。したがって、右設置許可処分は、それに引き続いて、工事請負契約と工事実施及び公金支出がなされることを当然のこととして行われたものである。実際にも、前記の通り、本件設置許可申請が秋田県で、許可権者が秋田県知事、工事実施者も秋田県というわけであるから、本件設置許可処分から工事実施と公金支出までの一連の行為は、行為の主体の点からも、また行為の目的からも、密接不可分の行為ということになる。
したがって、先行する行為である本件設置許可処分が違法であれば、それに後続する行為としての本件公金支出も当然のことながら違法となる(すなわち、県知事たる被告佐々木喜久治は、先行する本件設置許可処分を職権で取り消すことができ、且つ取り消すべきであったから、それを取り消さずに後行行為を行えば、それが違法がである)。
このように、先行行為である処分が違法であれば、その違法な処分に基づいて行われる公金支出もまた違法となることは、判例上も争いないところである(最高裁昭和六〇年九月一二日判決)。
(三) 被告佐々木喜久治の故意、重過失
既に詳述したように、本件廃棄物処分場には、廃掃法に違反する重大な欠陥が存するのであるから、そもそも秋田県としては、同処分場の設置許可申請をすべきでなかった。被告佐々木喜久治は、前記の通り、秋田大学教授らの指摘及び公有水面埋立認可にあたっての運輸大臣等からの留意事項を受けて、本件廃棄物処分場予定地の地層の遮水性について、重大な欠陥があることを認識していたのであるから、その点の十分な解明がされない限り、秋田県の代表者として、本件設置許可申請をなすべきでなかったのである。ところが、同被告は、秋田大学教授らを説得するだけの資料が得られなかったにもかかわらず、性急に本件設置許可申請を行った。また、同被告は、本件廃棄物処分場が、大規模地震が発生する可能性が高い地域に設置されるにもかかわらず、十分な耐震性を有していないことを認識していながら、設置の再考や耐震性の強化などの対策を何ら講ずることもなかった。
そして、同被告は、秋田県知事として、本件設置許可申請について、十分な審査をすべきであったにもかかわらず、ほとんど審査もしないまま(申請からわずか四日後)、漫然と本件設置許可処分を行った。
更に被告佐々木喜久治は、本件設置許可を受けて、秋田県議会において、本件廃棄物処分場設置許可処分が違法でない旨の説明をして、本件公金支出のための工事請負契約締結の議案を可決成立させた上、秋田県の代表者として、同契約を締結し、本件廃棄物処分場設置の工事を行わせ、その代金として本件公金を支出させた。
したがって、被告佐々木喜久治は、秋田県の代表者として、本件設置許可申請を行うに当たり、また、秋田県知事として本件設置許可処分を行うに当たり、本件廃棄物処分場が法令上の基準を満たしておらず、許可処分がなされるべきでないことを知り、もしくは知りうべきであったのに重大な過失によってこれを知らずに、右申請を行い、また違法な許可処分を行ったものである。したがって、前記違法行為について、被告佐々木喜久治の故意もしくは重過失は否定できないものである。
6 損害
右のとおり、本件廃棄物処分場設置許可処分は違法であるから、そもそも本件廃棄物処分場が設置されることは許されないものであった。したがって、仮に本件廃棄物処分場の工事が完成したとしても、許可処分自体が違法であるから、本件廃棄物処分場自体が違法な施設として、使用できないものである。実際にも、本件廃棄物処分場には、遮水性及び耐震性等の点において、法令上の基準を満たさない構造上重大な欠陥があるのであるから、法令上使用は不可能である。
したがって、本件廃棄物処分場設置工事のための公金支出は、使用できない違法な施設のために支出されたものであるから、支出された公金は、いわば無用な支出となる。もちろん、本件廃棄物処分場用地が、違法な産業廃棄物処分場として使用されず、通常の埋立地として、他に転用・処分された場合、支出された公金全てが無用な支出になるわけではないが、本件廃棄物処分場用地(第三区域)の周囲には、遮水工となる鋼矢板構造物を地下深く打ち込む等他の通常の埋立用地では不必要な施工をしており、そのために支出した公金は、回収ないし填補不可能な損害となる。この遮水鋼矢板工のための工事費(別紙飯島地区公有水面埋立事業工事一覧表の工事番号Z五〇一のB1からZ五〇一のB4)だけでも、本件第三区域の工事費の半分近くにおよぶ一九億円以上にも達する。少なくとも、それだけの巨額な公金が違法かつ無用な施設のために支出され、秋田県に損害を発生させたのである。
そして、秋田県に右損害を与えたのは、違法な公金支出の原因となった違法な本件設置許可処分を行った被告佐々木喜久治であり、同被告には、前記のとおり、違法行為について故意・重過失があるので、同被告は、秋田県に対し、右損害を賠償する責任を負うことは当然である。
7 監査請求の前置
(一) 原告らは、平成四年四月三〇日、秋田県知事について、秋田県が実施している秋田港飯島地区公有水面埋立事業のうち第三区域における一切の工事請負契約締結及び右契約についての一切の公金支出の差し止め並びに損害賠償等を求める住民監査請求を行ったが、秋田県監査委員から、同年六月二六日付けで、右請求には理由がない旨の通知を受けたため、同年七月二三日、地方自治法二四二条の二第一項一号に基づき、工事請負契約締結差止等の住民訴訟を秋田地方裁判所に提起した(同裁判所平成四年(行ウ)第四号、後日、取下げで終了。)。
ところが、平成六年四月二八日までに、右訴訟において差止めを求めていた工事請負契約は概ねその締結を終え、かつ該工事の完了に伴い公金が支出された。
(二) 原告らが本訴において請求している損害賠償代位請求の原因となる被告佐々木喜久治の行為は、前記差止請求住民訴訟において、差止めを求めていた行為である。
したがって、本件損害賠償代位請求は、監査請求を経たものとして扱われるので、監査請求を経ないで本請求に及んだものである。
8 結語
以上のとおり、原告らは、秋田県に代位して、被告佐々木喜久治に対し、不法行為による損害賠償(民法七〇九条)として、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、請求原因6項記載の秋田県の損害のうち、金三億円及びこれに対する平成六年五月一四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による金員の支払いを求める。
七 請求原因Cに対する認否(平成六年(行ウ)第二号事件)
1 請求原因1(一)(二)は認める。
2 請求原因2については、請求原因Aに対する認否2に同じ。
3 請求原因3は認める。
4 請求原因4(本廃棄物処分場設置の違法性)について
(一) 請求原因4(一)柱書き部分は認める。
(1) 請求原因4(一)(1)(「管理型」の違法)については争う。
大王製紙三島工場で排出されている石炭灰、スラッジ灰、石炭汚泥の産業廃棄物については、その分析試験の結果、「金属等を含む産業廃棄物に係る判定基準を定める総理府令(昭和四八年二月一七日総理府令第五号)」二条の埋立処分に係る判定基準にすべての項目で適合している。この事実に基づいて、本件廃棄物処分場の埋立用材となるべき産業廃棄物(石炭灰、スラッジ灰、石灰汚泥)も、右の判定基準を超えることがないと判断し、本件廃棄物処分場を「管理型処分場」としたものである。
また、原告は、有害物質の分析試験方法そのものも否定しているが、三島工場で実施した分析試験は、同総理府令三条の規定(平成四年の改正後の四条)による「産業廃棄物に含まれる金属等の検定方法」(昭和四八年二月一七日環境庁告示第一三号。乙一一の二)に基づき適正に実施されたものである。従って、原告らのこれらの主張は、同総理府令に定める基準そのものを否定する見解に他ならず、現行法令を無視した極論に過ぎない。
(2) 請求原因4(一)(2)(遮水性の欠如)について
① 請求原因4(一)(2)①は認める。
② 請求原因4(一)(2)②は認める。
③ 請求原因4(一)(2)③は否認し、同4(一)(2)④は争う。
砂泥互層上部の粘性土主体層であるBc1層は透水係数が10-6〜10-7cm/secオーダーであって遮水性、連続性とも十分に基準をクリアしていることが立証されているのであるから、下方への浸透流は発生しないことは明らかである。
(3) 請求原因4(一)(3)(耐震性の欠如)について
① 請求原因4(一)(3)①は認める。
② 請求原因4(一)(3)②のうち、秋田県沿岸部は、地震予知連絡会が全国一〇か所に指定する特定観測地域に含まれること及び国土庁が作成し、県が編集協力した「秋田地域地震対策中縮尺土地保全図」も六〇〜七〇年毎に日本海中部地震程度の地震が再来する可能性が高いことを指摘していることは認め、秋田県沿岸部は近い将来大地震の発生する可能性が多数の地震専門家から指摘されていることは知らない。その余は否認する。
③ 請求原因4(一)(3)③は否認する。
本件廃棄物処分場周辺の基礎地盤は硬い砂質土層が主体となって構成されており、構造物の基礎地盤としては十分な支持力を有している。また、本件廃棄物処分場の護岸構造(鋼矢板構造を含む。)は、「廃棄物最終処分場指針解説」(厚生省水道環境部監修)に示されている運輸省港湾局監修・港湾の施設の技術上の基準・同解説(乙一二)に基づき耐震設計を講じており、法令上必要な地震対策がとられていることは明らかであり、廃棄物の処理及び清掃に関する法律一五条二項一号に違反するものではない。
さらに、産業廃棄物処分場設置許可申請書添付資料(甲一一一の三)に示しているように、埋立第三区域の前面の防波護岸は、断面の大きさが工事中の波力によって決定されていることや前面を消波ブロックで被覆していることから、地震時の外力に対しては、十分に安全性を有しているものである。また、埋立地内を区画する遮水鋼矢板については、最終的には地盤中に埋没する施設であることから廃棄物による埋立てが終了した時点では土圧等の大きな外力は働かず耐震上の問題は生じないが、埋立工事期間中の地震対策にも万全を期すため、通常0.1としている設計震度を0.15に割り増しして安全性を高めているほか、日本海中部地震の教訓を活かし、背後地盤には液状化対策を講じることとしているものである。このように、廃棄物を埋め立てる第三区域は、前面の防波護岸と遮水鋼矢板によって二重に防護されているものであり、こうした地震対策を原告らも正当に評価すべきである。
(二) 請求原因4(二)(廃棄法一〇条違反の点)について
(1) 請求原因4(二)(1)は認める。
(2) 請求原因4(二)(2)は認める。
(3) 請求原因4(二)(3)は否認する。
(4) 請求原因4(二)(4)は争う。
(三) 請求原因4(三)(手続上の違法)について
(1) 請求原因4(三)(1)のうち、昭和五九年八月二八日付け閣議決定「環境影響評価について」は、公有水面埋立にあっては五〇ヘクタール以上、産業廃棄物処分場にあっては三〇ヘクタール以上のものについて、右閣議決定が定めるアセスメント手続を経ることを求めていること、右閣議決定は法令ではないこと、右閣議決定が多くの事業について適用されてきたものであること及び秋田県もこれに従うべきものであることは認める。ただし、「五〇ヘクタール以上」とあるのは、「五〇ヘクタールを超える」というのが正しい。その余は否認する。
(2) 請求原因4(三)(2)は認める。
(3) 請求原因4(三)(3)は否認する。
(4) 請求原因4(三)(4)は否認する。
5 請求原因5(被告佐々木喜久治の責任)について
(一) 請求原因5(一)の柱書部分の本件廃棄物処分場設置が廃棄法に違反した違法な設置許可処分に由来しているとの主張は争う。
(1) 請求原因5(一)(1)は認める。
(2) 請求原因5(一)(2)のうち、異例の追加調査がなされ、その間、同区域での工事着工が延期されたこと及び被告佐々木喜久治が、秋田県港湾課と同教授らとの意見交換が合意をみないうちに、同意見交換を打ち切らせたことは否認し、その余は認める。
(3) 請求原因5(一)(3)のうち、秋田県議会において、被告佐々木喜久治が、本件設置許可処分に違法性がない旨積極的に説明等した結果、同議会は、反対意見を押し切って、右議案を可決成立させたことは否認し、その余は認める。
(二) 請求原因5(二)(本件公金支出の違法性)は否認ないしは争う。
(三) 請求原因5(三)(被告佐々木喜久治の故意、重過失)は否認する。
6 請求原因6(損害)のうち、遮水鋼矢板工のための工事費として一九億円以上の公金が支出されたことは認めるが、その余は否認ないし争う。
7 請求原因7(監査請求の前置)は、認める。
理由
第一 事件の基本となる事実経過等
争いのない事実及び証拠によると、以下の基本となる事実経過等が認められる。
一 大王製紙誘致の経緯
1 玉川ダム水源開発事業及び大王製紙誘致
(一) 秋田県は、昭和四〇年六月、新産業都市の指定を受け、昭和四五年、新全国総合開発計画(新全総)の大規模工事開発候補地として「秋田湾大規模工業開発」計画を策定し、昭和五三年には、二千数百ヘクタールの海面を埋め立て、年間一二〇〇万トンの製鉄業を誘致し、その工業用水の水源として玉川ダム水源開発事業を行うこととなった(弁論の全趣旨)。
(二) しかし、その後の社会経済情勢の大幅な変動や銑鋼需要の低迷等から、製鉄所の立地が御破算となった。そのため、秋田県は、同ダムにおいて多大の未利用水を抱えることになり、玉川ダム水源が有効に活用されるか否かは秋田県の財政に多大の影響を及ぼすものとなった。そこで、同県では、工業用水の多消費型企業を誘致することが緊急に取り組むべき課題であった(弁論の全趣旨)。
(三) 大王製紙は、資本金一八三億五九九八万円、売上高二六三一億円、従業員二八一九人の単独売上高日本第四位ないし五位の製紙会社である(いずれも九四年三月時点、甲一八四)。大王製紙は、昭和六二、三年ころ、東北に生産拠点を求めていたが、丁度そのころ、秋田県も、前記のとおり、自県へ工業用水多消費型企業の誘致を目途にしていた。そうした中で、秋田県は、大王製紙との間で、同者の秋田工場を誘致する旨の交渉を開始した。同六三年秋には、秋田市に、大王製紙誘致計画の話が持ち込まれ、これに対する秋田市からの助成金額の算定や、秋田県及び秋田市による助成金額の負担割合等についての具体的検討協議が開始された。その後、約三か月の間、秋田県、秋田市及び大王製紙は協議を繰り返した結果、右三者の間で、同社が秋田市に工場を建設し、秋田県及び秋田市がこれを支援する旨の合意に達した(弁論の全趣旨)。
(四) 大王製紙誘致に関連する秋田県及び秋田市におけるその後の対応の経過は、以下のとおりである(甲五六、甲一一一の一、甲一七四ないし甲一七七、甲一八三、甲一九四、乙五の一、二、乙二二の1ないし2、乙七六、)
平成元年一月二〇日、秋田県知事佐々木喜久治(以下「秋田県知事」という。)、秋田市長高田景次(当時。以下「秋田市長」という。)、大王製紙社長代表取締役井川高雄の三者による工業用水の負担価格等を内容とする別紙二1のとおりの「本件覚書」が調印され、同社が秋田市進出を決定した。なお、右の件に関して、秋田県議会商工労働委員協議会並びに政策懇談会に、同月一〇日、秋田市議会正副議長、各会派会長及び総務委員会委員に、同年二月二二日、秋田市議会総務委員協議会にそれぞれ説明がなされた。
平成元年三月三一日、大王製紙が秋田県及び秋田市に対し、本件覚書に従って、秋田港工業用地における事業計画(別紙二2はその概要である。)を提出し、これに関し、秋田県議会商工労働委員協議会並びに政党懇談会に説明がなされ、同年四月一一日、秋田市議会総務委員会協議会に説明がなされた(排出諸元、工場用地・面積、造成時期、製品輸送対策等の検討)。
平成二年六月二二日、港湾計画が改定された(秋田県、同年七月三一日公示)。
同年一二月二一日、秋田県知事、秋田市長及び前記大王製紙井川社長の三者により、大王製紙秋田工場建設に関する別紙二3のとおりの「基本協定」及び「公害対策に関する確認書」(以下「公害対策確認書」という。)」が締結された。なお、同年九月秋田県議会商工労働、福祉環境、建設各委員会が「基本協定」の概要を承認し、同年一二月秋田県議会が「基本協定」の締結を了承し、同年九月秋田市議会教育産業委員会が「基本協定」の概要を承認し、一二月秋田市議会同委員会が「基本協定」の締結を了承した。
また、「公害対策確認書」の内容は、大王製紙の事業計画における排出諸元は固定したものではなく、今後、国、秋田県及び秋田市と協議のうえ低減に努めるものとすること、大王製紙は、工場建設の前提として、今後示される国の基準等を遵守するとともに、国、秋田県及び秋田市の指導のもとにダイオキシン公害を発生させないよう万全の対策を講ずるものとすること、秋田県及び秋田市は、議会と協議の上、大王製紙との間で公害防止協定を締結するものとすることが確認された。
平成三年四月三〇日、秋田県が大王製紙秋田工場予定地その他の設備に供するための公有水面埋立免許を出願した(港湾計画の基本的事項のうち、環境アセスメント添付)。
同年五月一〇日、秋田県知事が右の件の公告、縦覧をした。
同年六月二七日、秋田市議会が「埋立について、異議がない」旨可決した。
同年七月二三日、秋田県、運輸大臣に対し、公有水面埋立免許についての認可を申請した。
同年一二月二七日、運輸大臣が右認可した。
平成四年一月八日、秋田県知事、秋田県に対し、右免許を付与した。
同年三月三〇日、秋田県は埋立・造成工事を着工した。
同年一〇月二六日、秋田県は、秋田県知事に対し、産業廃棄物処理施設設置許可を申請した。
同年同月三〇日、秋田県知事は、右設置を許可した。
同年一二月一八日、秋田県議会において、右産業廃棄物処理施設予定地の埋立工事及び同設置工事のための契約案件が提案、審議、可決され、そのころ以降、別紙一飯島地区公有水面埋立事業工事一覧表の各工事請負契約が締結された。
平成五年四月二三日、大王製紙は、秋田進出を平成七年から平成九年へ二年延期し、生産品目等を変更する旨の変更事業計画書を秋田県及び秋田市に提出した。
平成六年二月二五日、大王製紙は、秋田進出を平成九年から平成一二年に再延期する旨の変更事業計画書を秋田県及び秋田市に提出した。
平成六年三月二九日 秋田県、秋田市及び大王製紙で、「大王製紙株式会社秋田進出に係る覚書の一部変更覚書」(以下「変更覚書」という。)、「大王製紙株式会社秋田工場建設に関する基本協定書の一部変更協定書」(以下「変更協定書」という。)及び「大王製紙株式会社秋田工場建設に関する基本協定書附属覚書」(以下「附属覚書」という。)を各締結した。
「変更覚書」の内容は、工業用水の負担価格等を定めた「本件覚書」第三条の規定を変更覚書第一項とした上(「本件覚書」にある「平成七年七万トン/日」は、「平成七年七月七万トン/日」とされている。)、第二項として、「前項に規定する工業用水に対する大王製紙の負担は、平成六年二月の大王製紙の事業計画の変更(平成一二年七月七万トン/日、平成一八年一三万トン/日、平成二三年二〇万トン/日)により、秋田県、秋田市及び大王製紙が協議して改定するものとする。」と追加した。
「変更協定書」の内容は、「基本協定」三条一項について、秋田県及び秋田市と大王製紙との造成土地の売買契約締結の上譲渡する時期を平成一〇年四月までと変更し、「基本協定」三条二項を同条三項とし、同条二項には、「前項の規定にかかわらず、秋田県の都合により秋田県の造成する用地(五六万一五八〇平方メートル)について分譲譲渡する必要が生じた場合は、当該用地の一部を平成一一年一月までに譲渡するものとする。」を追加した。「基本協定」六条一項について、規定にかかる産業廃棄物処分場の確保時期を平成一二年七月と変更した。
「附属覚書」は、「基本協定」に基づき、埋立地の売買や工業用水道の給水契約が予定通り締結されない場合の違約等を確認するものであり、内容を抜粋すると、別紙二4のとおりである。
なお、秋田県では、平成元年二月二〇日以降、秋田市北部地区住民団体等、漁業関係者及び周辺市町村、県内産業団体等に対し、延べ三〇回以上、大王製紙の受入れに関する説明会、見学会等を実施した。その結果、右各者から延べ四〇回以上の意見、要望等があり、その大半は公害への懸念であった。また、平成五年八月の秋田市周辺町村と秋田県との行政懇談会の場で、玉川の水を水道水として転用する旨の要望が出されたこともあった。
(五) 産業基盤整備(甲七三、甲一九三、弁論の全趣旨)
秋田県及び秋田市は、前記の他、大王製紙誘致と同時に、泊地・岸壁・ふ頭の建設、防波堤の新設・延長、臨港交通施設(道路)の建設等の計画を進めている。
(六) 現在未了となっている手続等(争いのない事実、乙四、乙七八、弁論の全趣旨)
(1) 工業用水道に関する手続
① 秋田県
現在、第二工業用水道における工業用水道料金は未だ定まっていないため、供給開始に当たって、料金その他の供給条件について供給規定を定め、あらかじめ通商産業大臣に届出をなす(工業用水道事業法一七条一項)。また、現在、秋田県企業局では「秋田県工業用水道条例」(昭和四一年秋田県条例第三八号)に基づき工業用水の供給を行っているが、この条例では秋田工業用水道及び大館工業用水道が規定されているに止まるため、秋田県議会の議決を経て右条例を改正する(地方自治法九六条一項一号)。
② 秋田市
秋田市の場合、誘致企業に対する助成は、地方自治法二三二条の二を受けた「秋田市商工業振興条例」(昭和四二年秋田市条例第九号)に基づき実施しているが、大王製紙への補助が開始されるのは、同社が操業を開始する平成一二年であり、秋田市議会の議決を経て、右条例を改正するか、又は、新条例を制定して行うのかは未定である。
さらに、秋田市では、右条例に基づく大王製紙に対する補助に関する予算について、秋田市議会の議決(地方自治法九六条一項二号)が未了である。
(2) その他残された手続
秋田県では、大王製紙の工場建設用地の造成工事が未竣工であり、そのうちの五六万一五八〇平方メートルについて、秋田県議会の議決を経て、大王製紙との間で売買契約を締結する(地方自治法九六条一項八号、昭和三九年秋田県条例第三二号)。
秋田市では、工場建設予定地六万二〇〇〇平方メートルについて、秋田市議会の議決を経て、大王製紙との間で土地売買契約を締結する(地方自治法九六条一項八号、昭和三九年秋田市条例第一八号)。
二 本件公金の支出
1 平成四年(行ウ)第三、第五号事件関係
(一) 第二工業用水道事業について(甲五一、乙三一、乙七二、下田恭司証言、弁論の全趣旨)
(1) 第二工業用水道は、玉川ダム(国が昭和五三年四月一日に建設開始、平成二年一一月完成。)に水源を求め、工業用水として日量四〇万トンのダム使用権を得、玉川ダムの下流約一二〇キロメートル地点の既設秋田工業用水道の隣接地、秋田市仁井田地内で雄物川から取水し、同市飯島地区、向浜地区等のユーザーに原水又は浄水により工業用水として供給するものであって、平成二年度から費用の支出が開始された。総事業費は一二二〇億円である。
なお、大王製紙の操業開始が事業計画の変更により、当初予定の平成七年七月から平成一二年七月になったため、平成五年一一月以降に発注する工事の見直しをして、工場の操業予定時期までに給水が開始できるよう工事を進めている。建設完成予定は平成一七年度であり、平成七年一月三一日現在で、平成六年度予定の事業全体の進捗率は27.2パーセントであり、事業費の予定総額は一五六億七一〇〇万円である。
(2) 給水予定先
給水予定先は、現時点においては、大王製紙及び東北製紙の二社が具体化しており、大王製紙が日量二〇万トン、東北製紙が日量一〇万トン使用する予定である。大王製紙については「本件覚書」で定めた工業用水の引取量に変更はなく、東北製紙についても引取量に変更はない旨秋田県側に申し入れがなされているとのことである。
(二) 大王製紙の工業用水使用の負担価格(争いのない事実、乙三一、乙七二、乙七六、下田恭司証人、田中幸雄証人、弁論の全趣旨)。
本件覚書で、秋田県、秋田市及び大王製紙は、前記のとおり、工業用水に対する大王製紙の負担を、秋田への進出交渉の際に大王製紙から示された使用水量(平成七年七万トン/日、平成一二年一三万トン/日、平成一七年二〇万トン/日)を前提に一トン当たり一二円五〇銭(消費税額を除く。)とし(以下「本件負担価格」という。)、このために必要な措置を秋田県及び秋田市が講じる旨合意したものである。これは秋田県と大王製紙とが交渉を重ねた結果、秋田県がこれ以上は譲れないという線で出てきた政策判断によるものであり、現行の条例価格(秋田県工業用水道の現行価格)一二円五〇銭と同一とするとの考え方に基づくものであった。その後秋田県企業局において本件負担価格で採算が取れるかを試算して資金計画を作成し、採算が取れるとの判断で、大王製紙側と合意したものである。
なお、秋田県、秋田市及び大王製紙は、「変更覚書」により、工業用水に対する大王製紙の負担は、平成六年二月の大王製紙の事業計画の変更(平成一二年七月七万トン/日、平成一八年一三万トン/日、平成二三年二〇万トン/日)により、秋田県、秋田市及び大王製紙が協議して改定するものとする旨合意した。
(三) 第二工業用水道事業についての財政処理(争いない事実、乙三一、乙七二ないし乙七四、乙七六ないし乙七八、乙八二、乙八三、下田恭司、田中幸雄、藍原博各証言)
(1) 本件補助について
秋田県及び秋田市の財政支出は、秋田県については、地方公営企業法一七条の三に基づく秋田県一般会計から秋田県工業用水道事業会計(特別会計)に対する補助として、秋田市の場合は、地方自治法二三二条の二に基づく補助として、秋田市から大王製紙に対し行われる。
本件覚書に基づく大王製紙に対する工業用水道使用の負担価格及び東北製紙の負担価格を各一二円五〇銭とするための資金計画内容及び財政支出の額は、平成七年度から平成五一年度まで、以下のとおりである(かっこ内は同期間の財政支出額合計である。)。
① 秋田県の財政支出
ア.第二工業用水道の専用施設費のうち、三〇万トン分の支払利息分の四五パーセント(四九億七九五五万九〇〇〇円)
イ.借入金のうち、水源費及び専用施設費の三〇万トン分の支払利息分の四五パーセント並びに先行投資分(水源費については7.7万トン分、専用施設費については7.2万トン分)の支払利息分の合計(一一三億六八八四万八〇〇〇円)
ウ.専用施設費のうち先行投資分7.2万トン分の元金の二分の一及び支払利息分、並びに水源費のうち先行投資分7.7万トン分の元金の二分の一及び支払利息分の合計(六九億九一二二万円)
② 秋田市の財政支出
ア.第二工業用水道の専用施設費のうち三〇万トン分の支払利息分の五五パーセント(六〇億八六一二万八〇〇〇円)
イ.借入金のうち、水源費及び専用施設費の三〇万トン分の支払利息分の五五パーセント(七一億九七二七万二〇〇〇円)。
右にいう「三〇万トン分」とは、大王製紙の使用分二〇万トン分と東北製紙の使用分一〇万トン分の合計であり、ダムの給水能力37.7万トン(又は第二工業用水道の給水能力37.2万トン)のうちの右三〇万トン分の水源費(ダム建設関連費)と専用施設費(水道事業専用施設費)について企業債(事業債を含む。以下同じ。)を発行し、その償還利息を支払うための費用について秋田県と秋田市とで応分負担するというものである。また、先行投資分とは、右ダム給水能力37.7万トン分(又は第二工業用水道の給水能力37.2万トン分)のうちの大王製紙及び東北製紙の各使用予定水量三〇万トン分を除いた分であり、現時点では未だ受水企業が決まっていない部分のことをいい、この部分に相当する企業債償還のための元金の二分の一及び利息を各支払うための費用を秋田県が負担するというものである。また、右「借入金」(①イ、②イ)とは、収入(単価トン当たり一二円五〇銭の料金及び各補助金の合計)から支出(維持管理費、企業債元利償還に要する費用等の合計)の差(赤字分)について金融機関から一時借入をなし、その支払利息分を秋田県及び秋田市で応分負担するが、その比率を単純割合によるのではなく、三〇万トン分については秋田県と秋田市とで応分割合によるが、先行投資分については秋田県のみが負担するというものである。
以上を前提にした各年度及びその合計の資金計画は、別紙三1のとおりであり、秋田県一般会計から秋田県工業用水道事業会計(特別会計)への補助の合計は、二三一億三九六二万六〇〇〇円、秋田市の補助の合計は、一三二億八三四〇万円となる。
(2) 平成六年度以前の工業用水道事業会計への財政投入状況
平成六年度以前の分を含む第二工業用水道への財政収支状況(事業費及び資金ベースの収支計画)は別紙三2のとおりである。
まず、水源費(玉川ダム水源開発事業)としては、昭和五三年から平成二年まで合計二五三億七八〇〇万円(概数。以下同じ。)支出されたが、その財源の内訳は、国庫補助金七〇億一五〇〇万円(構成比27.6パーセント。以下同じ。)、企業債から一三二億九〇〇〇万円(52.4パーセント)、一般会計からの補助金として五〇億七三〇〇万円(二〇パーセント)である。
この企業債の元利償還については、秋田県の政策的判断により、昭和五三年度から平成二年度までは、一般会計から秋田県工業用水道事業会計(特別会計)に対し、元金については貸付、利息については補助が行われてきた。なお、前記の一般会計からの補助である五〇億七三〇〇万円中に右企業債利息償還分四七億五八三四万円が含まれている(建設利息として処理された模様である。)。
また、平成三年度以降も右企業債の元利償還のための費用が発生しているが、これも前同様、秋田県の一般会計からの貸付ないし補助により支出されてきた。
(3) 平成七年度以降の財政投入状況
平成七年度より第二工業用水道施設費の利息償還が、平成八年度より同元金償還が始まっており、その財源も前同様、秋田県一般会計からの貸付ないしは補助によらざるを得ないので、水源費と同様の支出が行われてきた。
(4) 大王製紙秋田工場の操業開始時期が平成一二年に延期となった関係での新たな資金計画書は、平成七年四月一四日現在では未だ作成されていない。
(四) 本件公金支出の特定
以上の事実関係を総合すると、秋田県及び秋田市からの本件補助における公金の支出が別紙三1の資金計画と全く同じ内容で支出されるということはなくなったが本件負担価格一二円五〇銭が未だ具体的に変更されたり、変更する旨の協議等が行われたとの証拠がないことなどにかんがみると、結局、「本件覚書」履行のために秋田県及び秋田市が前記認定のような企業債償還利息分や一時借入利息分に対応する財政支出を行うことが確実であるといえ、その際、別紙三1の資金計画を大王製紙秋田工場操業開始予定の平成一二年に料金収入、一時借入が開始されるように引き直す形での右資金計画類似の規模と態様で公金の支出が行われるものと認められる。
2 平成六年(行ウ)第二号事件
秋田県は、平成二年の「基本協定」第六条に基づき、秋田港飯島地区公有水面埋立事業を実施し、約四八ヘクタールの用地を造成することとなり、前記のとおり秋田県知事(港湾管理者の長)の埋立免許が出され、平成四年三月三〇日、埋立工事に着工した。そして、別紙一飯島地区公有水面埋立事業工事一覧表のとおり、右埋立事業のうち第三区域(七四、六二〇平方メートル)における工事請負契約を締結し、右工事完了に伴い合計四五億三六四八万八七四〇円の公金を支出した。
第二 本案前の主張に対する判断
被告は、企業誘致の決定や補助金の支出が当該地方公共団体の議会や長の政策判断に基づくものであり、また、本件では、当該地方公共団体における条例制定や改正、予算に関する議会の議決に至っておらず、かかる段階での裁判は地方自治の本旨に違背するとして、裁判権の限界を主張するが、以下の理由により失当である。
本件訴訟は、原告らが、企業誘致自体の差止めを裁判所に求めているものではなく、企業誘致に関連する秋田県の工業用水道事業会計(特別会計)に対する一般会計からの補助及び秋田市による誘致企業に対する補助が違法であることを理由とする公金支出の差止め並びに企業誘致に伴い建設する産業廃棄物処分場の設置のための公金支出が違法であることを理由とする当該職員である知事個人に対する損害賠償を求めているものであることは請求の趣旨及び内容から明らかであり、いずれも公金支出という財務会計行為の違法性を理由とする請求であり、公金支出の違法性の問題は議会の議決等とは別個の問題である。
したがって、本件が住民訴訟の対象となることは明らかである。
被告の主張は、要するに、差止め(又は損害賠償請求)の中の「財務会計行為の違法性」という要件の中での裁量の逸脱又は濫用の有無を判断する際に考慮される事項に過ぎないというべきである。
また、抗告訴訟等において問題とされる「成熟性」については、差止請求の住民訴訟の場合には、地方自治法二四二条一項の「当該行為がなされることが相当の確実さをもって予想される場合」の要件の該当性の問題に解消される。
第三 平成四年(行ウ)第三号事件(請求原因A)に対する判断
一 当事者について
当事者間に争いがない。
二 大王製紙誘致の経過及び概要について
請求原因2(二)(1)ないし(7)は、当事者間に争いがなく、同2(一)の事実を含め、全ての詳細な事実は前記第一の一のとおり認められる。
三 本件補助の概要について
請求原因3(一)(二)は、当事者間に争いがなく、詳細は、前記第一の二1のとおりであり、公金の支出は、別紙三1の資金計画を大王製紙秋田工場操業開始予定の平成一二年に料金収入等が開始されるように引き直す形での右資金計画類似の規模と態様で行われるものと認められる。
以下の本件補助については、便宜、別紙三1の資金計画を基に検討することとする。
四 本件補助の違法性について
1 本件の問題点
地方公営企業法(以下「平成四年(行ウ)第三号事件において、「法」とは、地方公営企業を指す。)は、地方公営企業の経費のうち、その性質上当該地方公営企業の経営に伴う収入をもって充てることが適当でないもの及び当該地方公営企業の性質上能率的な経営を行ってもなおその経営に伴う収入のみをもって充てることが客観的に困難であると認められるもので政令で定めるものは、地方公共団体の一般会計又は当該地方公営企業特別会計以外の特別会計において負担するものとされる(法一七条の二第一項。以下、同条による経費区分を「負担区分」という。)。
他方、同法一七条の三は、「災害の復旧その他特別の理由により必要がある場合」には当該地方公共団体の一般会計等から地方公営企業特別会計に対して補助することができる旨定める(以下、同条に基づくこの補助を「一般会計からの補助」又は「一般会計からの繰入れ」などということがある。)
本件では、秋田県及び秋田市が、大王製紙との間で締結した「本件覚書」に従い、大王製紙の本件負担価格をトン当たり一二円五〇銭(以下、単に価格のみを表示する。)としたことにより秋田県の一般会計から秋田県工業用水道事業会計(特別会計)へ法一七条の三により補助を行うこと(本件補助が、法一七条の二第一項にいう負担区分による一般会計からの義務的負担分に当たらないことは明らかであるし、当事者間に争いはない。)が、法一七条の三にいう「特別の理由により必要ある場合」(以下「特別の理由」ということもある。)」に当たるか否かが争われているものである。
2 地方公営企業法上の諸原則
(一) 独立採算制、受益者負担の原則
(1) 地方公営企業は、その経営主体が地方公共団体であるけれども(法一条)、一定の事業目的のために地域住民に財貨やサービスを供給し、その費用を受益者から料金の形で回収することにより生産活動を継続する点で民間企業と同様であり、一般行政活動とは異なる性質をもつことから、常に企業の経済性をも発揮することが要請されている(法三条)。そこで、地方公営企業の経営成績と財務状況とを常に明確に把握することが必要となり、それを可能ならしめるため、その経理について一般会計とは区別して事業ごとに特別会計を設けることを原則とし(法一七条一項)、会計処理の方法も一般会計のそれとは異なり企業会計に準拠した扱いをし(法二〇条、同法施行令九条等)、更に、公益性の高い特定の経費を一般会計又は他の特別会計により義務的に負担させるとした上で(法一七条の二第一項)、それ以外の経費は当該地方公営企業の経営に伴う収入をもって充てなければならないとすることによって(法一七条の二第二項)、当該地方公営企業特別会計が安易に一般会計に依存しないようにし、いわゆる独立採算制を採用している。
(2) この独立採算制は、地方公営企業の供給する財貨やサービスが特定の利用者のみによって受益されることから、地方公営企業の経費はその受益者たる利用者が負担することが衡平にかなうし、一企業としての自立性、能率性からも望ましいということに基づく。工業用水道事業の場合においても、特定の受水企業に対して工業用水を供給するものであるから、これに要する経費は当該受水企業がその受益に応じて負担し、受益者の特定しない一般行政に充てるために徴収される租税等の財源を充当しないことが衡平であるといえる。したがって、独立採算制と受益者負担の原則とは表裏一体の関係にある。そして、この独立採算制は、当該地方公営企業に要する経費全てについての独立採算ではなく、上記のとおり一般会計等との負担区分を前提とし一般会計において義務的に負担すべき経費を除いた部分についての独立採算をいうが、地方公営企業の経費の中から本来独立採算になじまない公益性の高い部分を取り除いて、純粋に独立採算になじむものについて、独立採算制を貫徹させて当該地方公営企業の経営の健全化を図ったものである。
(二) 料金決定原則
法二一条は、地方公共団体が、地方公営企業の給付について料金を徴収することができるとし(同条一項)、その料金は、その公共的性格から①公正妥当なものでなければならず(公正妥当性)、他方、独立採算制の要請を受けて、②能率的な経営の下における適正な原価を基礎とし(原価主義)、③地方公営企業の健全な経営を確保することができるものでなければならない旨(健全経営の確保)(同条二項)、いわゆる地方公営企業の料金決定原則を定め、これを受けて工業用水道事業法一七条三項一号でも、料金が能率的な経営の下における適正な原価に対し公正妥当なものであることが求められている(工業用水道事業法一七条三項)。
したがって、右にいう「公正妥当」性においては、地方公営企業の立場からは原価を償い生産を継続していく必要があるとともに、他方、利用者の立場からは提供を受ける財貨やサービスの内容とつりあいの取れたものでなければならないという二つの要請の調和が求められ、「適正な原価を基礎とする」とは、工業用水道の場合には、営業費用(人件費、修繕費等の維持管理費、減価償却費等で構成)及び営業外費用(企業債支払利息等の資金調達費等)により原価を構成すべきであり、健全経営のためには一定の内部留保をすることにより将来の施設拡張や不慮の災害に備えるための原資たる事業報酬を料金に織り込むことが求められる。
そして、実務上も、工業用水道料金は、過去の実績及び合理的な需要予測に基づく施設計画、業務計画、資金計画等を前提とし、能率的な経営の下における適正な営業費用に工業用水道事業の健全な運営を確保するために必要とされる営業外費用を加えて算定するとされ、右営業費用(人件費、電力費、薬品費、修繕費、原水費、負担金、その他の維持管理費及び減価償却費の合計額から受託工事費及び控除項目額を控除したもの)及び営業外費用(支払利息、ダム等水源施設引当金及び事業報酬の合計額)を総括原価とし、料金総収入は総括原価に等しいものとして決定されるものとする旨の料金算定要領が通産省立地公害局により定められているところである(甲一六〇)。そして、水道料金の場合には、総括原価決定の基礎としての給水需要予測は、過去の実績、地域特性及び社会経済の動向等を十分に勘案して適正に予測されなければならないとし、料金算定期間は、起債の償還完了時という長期間の算定期間をとることが、経済の推移、需要動向等余りにも不確実な要素を多く含むことになるばかりでなく、期間的な負担の公平を無視することになるので適当とはいえないと説明され、その期間として三年ないし五年とするとされており(甲一六一の一一)、この理は料金算定期間を原則三年とする工業用水道の場合(甲一六〇)にも妥当する。
3 法一七条の三の趣旨と「特別の理由」
(一) 法一七条の三は、災害の復旧その他特別の理由により必要がある場合には、一般会計等からの補助ができるとして、前記独立採算制の例外を定める。一般会計等からの補助は、本来任意的な財政援助であるけれども、他方、負担区分を前提とする独立採算制の見地からは、安易に一般会計等に依存し、企業としての合理性、効率性の追求をなおざりにすることは許されないことから、このような地方公営企業の一般会計等への依存を排除すべきであって、しかも、返還を要せず、その財源となる当該地方公共団体の一般財源が主に住民により納付される税金により調達されているものであることから考えると、補助を行うに当たり、それによって、独立採算制の原則の例外として、公共目的が達成されるか、負担の公平を害することを正当化するだけの高度の必要性や合理的根拠がなければならないものである。
そこで、法一七条の三は、補助が許される場合を、災害復旧その他特別の理由による必要がある場合に限定している。ここに「災害の復旧」とあるのは、多少の内部留保では巨大な災害の復旧事業を当該公営企業自身の力によって行うことが不可能な場合があり、また、災害復旧財源を料金原価に織り込むと住民の日常生活に不可欠なサービス等の提供に支障を来す場合もあるし、また、単に受益者のみによって災害復旧経費をまかなうことは衡平ではないなど、当該補助を行う高度の必要性、合理性があると考えられることに基づく。
(二) 以上にかんがみると、法一七条の三にいう「特別の理由」とは、災害の復旧に準じるような公営企業外の要因又は要請があるために、当該地方公営企業会計において独立採算制、受益者負担の原則又は料金決定原則という法の諸原則を維持しながら所要経費をまかなうことが客観的に困難又は不適当な場合をいうが、当該事案が右の場合に当たるか否かは、具体的事案により個別の検討を要するものであり、当該補助を必要とするに至った理由を中心に、補助が達成しようとする直接の目的、補助の規模及び態様、これらと独立採算制等の諸原則との乖離の程度、当該補助の諸効果、受水企業に関する事情(負担能力等)等の諸般の事情を相関的に考慮して判断すべきである。
4 本件の検討
(一) 本件補助を要するに至った理由等
(1) 本件では、秋田県では、昭和五三年に製鉄業を誘致する計画の下に玉川ダム水源開発事業を開始したが、その後右誘致が御破算となったため、同ダムにおいて多大な未利用水を抱えることになり、その財政問題が浮上していたところ、これと工業用水多消費型受水企業である大王製紙の経営政策が合致し、同社の秋田市誘致が決まったものであり、その際、「本件覚書」において、工業用水についての大王製紙の本件負担価格を一二円五〇銭にするとの合意により、工業用水についての大王製紙の本件負担価格を一二円五〇銭にするとの合意により、秋田県及び秋田市が前記第一の二1(三)(1)のとおりの財政支出を行うことを取り決め、本件負担価格一二円五〇銭を達成しようとするものである。このように、本件補助は、大王製紙を秋田県に誘致するために、秋田市と共に、政策的にその負担する実質的な料金を引き下げる目的で行う補助である。
(2) 工業用水道事業の場合、給水が開始できるまでに水源開発(ダム建設)を行い、水道専用施設を開設するなどの多大な経費を要する固定設備が必要であるところ、将来の工業用水需要を見込んでダム建設を着工しても現実の給水可能時点までの相当の長期間の間に産業構造や経済環境が変化することも少なくなく、いわばダム建設時の給水需要と給水可能時点のそれとが乖離する危険性を内在する事業であるといえる。したがって、工業用水道事業の開始時に受水企業がないか、あっても高額な固定費償還費用分をその負担に転嫁することが相当ではない場合もあり、場合によっては、かかる場合の危険負担を一時的又は一定限度内、当該地方公共団体の一般財源に求めて当該地方公営企業の経営基盤を整えその健全化を図ることもあながち不合理であるとはいえない。そして、地方公共団体が積極的に受水企業を誘致し、その誘致を容易ならしめるために水道料金を一定限度引き下げることは、水源開発当初から企図していた当該地方公共団体の住民所得、雇用、税収の増加を図るための産業政策の一環であり、また、受水企業がないことによる当該工業用水道会計の破綻ひいては地方公共団体の財政問題を回避することにもなる。
本件でも、秋田県においては、右状況下で受水企業を見つけて未売水を解消し、投下資本を回収しなければ、企業債の償還等秋田県の財政問題を深刻化させたのであるから、本件ダム建設の経緯については、政策上の当否の問題等議論もあるところではあるが、生産性が低いなどの秋田県経済の抱える問題点や本件水源費に国庫補助金が投入されていた事情等にかんがみれば、当時の直面した問題解決の手法としての本件の受水企業誘致の政策は、それ自体としては合理性があり、納得できる理由があるというべきである。
しかしながら、このような場合において、相当限度を超えた無限定ともいえる補助は、必然的に独立採算制、受益者負担の原則及び料金決定原則の要請からは大きく乖離することになり、特別の理由による必要性を減殺させるものであるから、補助にもおのずから一定の限度があるというべきである。
(二) 本件補助の目的と独立採算制等の諸原則との乖離の程度
そこで、次に、秋田市と共に本件負担価格一二円五〇銭を達成するために行うという本件補助の目的について検討を加える。
(1) 本件負担価格一二円五〇銭は、工業用水道事業法一七条にいう「工業用水の料金」あるいは地方自治法二二八条一項にいう「使用料」ではないが、受水企業たる大王製紙にとってはまさに財貨又はサービスの対価であり、実質料金と同視し得るものである。
(2) 本件では、大王製紙との交渉の結果従来から稼働している秋田工業用水道の基本料金と同等にする趣旨から本件負担価格一二円五〇銭とする旨秋田県、秋田市及び大王製紙の三者で合意し、更に秋田県及び秋田市の取決めにより別紙三1、2の資金計画、収支計画に基づき右負担価格一二円五〇銭を達成しようとするものである。したがって、本件負担価格は、適正な原価計算の結果算出された金額ではなく、企業誘致に際して政策的に決定されたものであり、その決定基準は、第二工業用水道に関する原価計算の結果とは無関係な、秋田県工業用水条例における秋田工業用水道の現行基本料金を基にしている。その結果、事業開始から減価償却終了に至るまでの第二工業用水道の採算は、料金以外の補助を見込まなければその事業自体が成り立ち得ないこととなっている。
もっとも、別紙三1、2の資金計画、収支計画をみると、平成五一年で累積赤字が解消し、平成六一年度までで事業自体から黒字が生じることとなっているが、これは本件補助が行われた結果採算が取れることを表しているに過ぎず、本件負担価格の適否の問題とは別である。
(3) さらに、第二工業用水道事業開始の時点での給水原価は、当初補助がない場合で四五円四八銭(正確には四二円三四銭か。)であるところ(別紙三2)、本件負担価格一二円五〇銭はこれより三二円九八銭安であり(なお、原告側保母教授の供給単価の試算二九円三三銭(秋田県による資金計画と同様に平成五一年に累積赤字を解消させるとして秋田県及び秋田市の負担がない場合のもの。甲一六三)と比較しても一六円八三銭安である。)、この引下げ分が全て秋田県及び秋田市による補助でまかなわれることになる。結局、大王製紙の本件負担価格は給水原価(総括原価を契約水量(本件では日量三〇万トン)で除したもの)を大幅に下回り、原価主義との乖離が大きい上、その差額は、受益者である大王製紙が負担するのではなく、それ以外の秋田県及び秋田市の住民の納付する税金等に財源を有する一般会計が負担しているものであるところ、右負担割合が相当大きく、受益者負担の原則との乖離が大きいと言わざるを得ない。
(4) ところで、被告は、秋田県の補助について、公営企業の経理上、負担区分に基づかない補助についても、料金に織り込まずに会計処理することが認められている旨主張するものである。
しかしながら、本件補助対象は、固定資産形成ないし資本組入れのような資本的収支に関する費目へ支出されるのではなく、既に発生し又は発生が予定される損益的収支に対する補助である点で、被告の右主張は当たらない。すなわち、仮に補助が固定資産形成に向けられ、資本に組み入れられるものであれば、その補助部分を料金に織り込み利用者に負担させると、投下資本の二重回収になるから、減価償却費を計上しないことのほうが衡平であるといえ、地方公営企業法施行規則八条四項でもかかる場合に減価償却費を計上しない会計処理を認めているが、本件のように既に発生し又は発生が予定されている支払利息は、営業外費用であって、本来受益者が負担すべき料金の基礎となる総括原価の構成要素であるから、補助が固定資産形成に向けられる場合のように料金で回収すると投下資本の二重回収になるという関係はなく、前記受益者負担の原則や料金決定原則の見地からみれば、まさに料金に織り込むことが要求されているものである。
(5) なお、秋田市の補助部分については、秋田県の補助(法一七条の三)とは趣旨を異にする地方自治法二三二条の二によるものであり、両者は別個の地方公共団体における長や議会の判断により決せられるから、秋田市の補助と秋田県の補助とを無関係なものと捉え、秋田市の補助分は総括原価に反映させるべきではなく、全く独立採算制の範囲外であるとの考えもあり得るところである。しかし、秋田県の補助と共に行う秋田市の補助は、全体的に観察すると、同県の補助と相まって本件負担価格一二円五〇銭にまで実質的に料金を引き下げる目的を達成しようとするものであり、特に本件の場合でいえば、上記のとおり本来受益者から回収すべき総括原価の構成部分を不特定多数の者の拠出する税金を主な財源とする補助から支出しようとするもの、つまり、本来受益者が負担すべき部分を一般人が肩代わりしていることに変わりない。
したがって、本件負担価格の適否を考察する際に、秋田市からの補助分を独立採算制、受益者負担の原則等の問題から切り離すことは妥当ではない。
もっとも、秋田市の補助は、地方自治法二三二条の二に基づく補助であるから、秋田県の補助が否定された場合には必然的に秋田市の補助も否定されるという関係に立つものではない。
(6) 平成六年の「変更覚書」では、工業用水に対する大王製紙の負担は、平成六年二月の大王製紙の事業計画の変更(平成一二年七月操業開始。)により、秋田県、秋田市及び大王製紙が協議して改定するものとするとされているけれども、「変更覚書」における「本件覚書」三条の変更の形式をみると、変更覚書三条一項であえて本件覚書の当時の大王製紙の負担価格一二円五〇銭との取決めが確認された上で、更に同条二項で協議して改定するとされており、したがって、現在においても本件負担価格一二円五〇銭の取決めが破棄されておらず有効に存続しているから、右改定交渉に入らない限り本件負担価格一二円五〇銭の効力は維持されるものであるところ、現段階で具体的に同条二項に従って本件負担価格一二円五〇銭を改定したとか、改定の交渉に入ったとの証拠はない。
(7) 以上を総合すると、本件負担価格一二円五〇銭の定めは、その算定根拠が法の要請する料金決定原則とは相容れない上、法の定める独立採算制、受益者負担原則及び料金決定原則との乖離が大きいものであり、本件補助の直接の目的が、かかる本件負担価格を実現させることにある点は、特別の理由を大きく減殺するものである。
(三) 本件補助の規模、態様
第二工業用水道事業は、前記のとおり、事業開始から減価償却終了に至るまで、料金以外の補助を見込まなければ採算を確保することができないものであるが、更にその補助の規模をみると、四五年間にわたり、合計で三〇万トン分の支払利息分に対し約四九億七九五六万円、一時借入利息に対し約一一三億六八八五万円、先行投資分に対して約六七億九一二二万円の総合計約二三一億三九六二万円であり、先行投資分を除いても一六三億四八四〇万円と巨額である。
また、資金計画、収支計画(別紙三1、2)によると、予想される料金収入(負担価格)の合計は、平成六一年度までで六九九億二一二一万円であり、これと補助金の合計額との比率は、およそ三対一の割合と高い上、右料金収入の合計額は、減価償却期間の四五年(乙七二)の満了より後の料金収入(負担価格)分まで含まれている金額である。
また、本件補助の態様をみると、水源費及び専用施設費の企業債償還分の負担のみならず、収支差(赤字分)について一時借入を起こしその支払利息分までを負担することになっており、かつ、右利息負担分の合計(約一一三億六八八五万円)は、秋田県の本件補助全体(約二三一億三九六三万円)の約二分の一を占めているところ、右一時借入は、本来、水道事業における企業努力を行うか、または受益者が負担するならば、発生しない経費であると評価できるものである。
したがって、本件補助の期間、金額及び態様は、独立採算制等の諸原則との乖離において軽視できないものである。
(四) 当該補助の効果、受水企業に関する事情
補助の間接的な効果をみても、後記のとおり大王製紙の誘致により多大な経済効果が予測できる反面、公害問題の発生などの負の効果も懸念され、更に右諸効果が誘致後の時間の経過によりどのような変化を遂げるか未確定であることにかんがみると、四五年間の長期間にわたり、受水企業の負担を軽減する補助を行うことは、災害の復旧に準ずる程度の特別の必要性があるとはいえない。
さらに、本件受水企業たる大王製紙は、平成六年三月時点で、資本金一八三億五九九八万円、売上高二六三一億円、従業員二八一九人の単独売上高日本第四位ないし五位の製紙会社であり、工業用水道料金の負担能力もあると考えられる。
5 結論
以上のとおり、本件補助を必要とするに至った理由等に照らすと、大王製紙の誘致を容易、円滑ならしめるため第二工業用水道の実質的な料金引き下げを目的として秋田県一般会計から秋田県工業用水道事業会計(特別会計)に補助を行うことが、法一七条の三の「特別の理由」という要件を満たさないとまではいえないが、本件補助の目的が、独立採算制、受益者負担及び料金決定の諸原則から大きく乖離した本件負担価格一二円五〇銭を達成させることにあることに加えて、本件補助の期間、金額、態様及び諸効果、受水企業の負担能力等についての前記の検討結果をも総合考慮すると、大王製紙に供給する第二工業用水の本件負担価格一二円五〇銭を達成するための本件補助は、そのうち、第二工業用水道の専用施設費のうち三〇万トン分の支払利息分に対応する部分の補助並びに借入金のうちの水源費及び専用施設費の三〇万トン分の支払利息分及び先行投資分の支払利息分に対応する部分の補助は、右「特別の理由により必要がある場合」には当たらないというべきである(なお、本件補助のうち、専用施設費のうち先行投資分7.2万トン分の元金の二分の一及び支払利息分並びに水源費のうち先行投資分7.7万トン分の元金の二分の一及び支払利息分に対応する「先行投資分」の補助は、確かに、他の補助部分と共に本件負担価格一二円五〇銭を達成するために作用するものではあるけれども、受益者負担の原則の見地からみると、この部分は、将来において、大王製紙及び東北製紙以外の新たな受水企業が現れた場合に、その新受水企業が本来負担すべき部分であると思料されるところ、これを大王製紙の負担に転嫁するとすれば、自己の使用水量以外の部分に相当する固定経費までを負担させることになるとも評価することができ、現段階においては、「先行投資分」を大王製紙に負担させることが衡平であるとはいえず、「特別の理由により必要がある場合」に当たるというべきである。)。
五 公金支出の確実性について
差止請求の対象行為について地方自治法二四二条一項が規定するところの「当該行為がなされることが相当の確実さをもって予測される場合」について検討するに、請求原因5の原告ら主張にかかる事実は、当事者間に争いがなく、その他、右に関連する事実の詳細は、前記第一のとおりである。
右の事実にみられる秋田県、秋田市及び大王製紙との間で合意された「本件覚書」「基本協定書」「変更覚書」「変更協定書」及び「附属覚書」の内容とその成立経緯、大王製紙が秋田県及び秋田市に提出した事業計画及び変更事業計画の内容、秋田県議会及び秋田市議会における大王製紙誘致及びその財政支出に対する動向、大王製紙秋田工場予定地等に供するための公有水面埋立工事関係の進捗状況、その他、第二工業用水の本件負担価格の合意が大王製紙秋田工場進出の決定の要因となっていることなどの諸事情に照らすと、秋田県一般会計から秋田県工業用水道事業会計(特別会計)に対する補助として本件公金が支出されることが相当の確実さをもって客観的に推測される程度に具体化されているものと認められる。
なお、本件公金の支出までには条例の整備(改正等)、予算の議決等、各種手続が残されていることは、被告の主張のとおりであるが、これまでに秋田県知事及び秋田市長から大王製紙の誘致に関連した従前の政策方針を変更するなどの意見表明がなされたこともなく、また、これまで秋田県議会及び秋田市議会においても、右政策方針に反対したり、見直しすべきとの意見が知事や市長の政策方針を指示する賛成意見と拮抗しているとの状況もみられないし、さらに、大王製紙において、平成一二年秋田市進出等の経営計画を見直しするとの動向も窺われないから、本件公金の支出についての前記判断は、条例の未整備及び予算の未議決等の事情により左右されない。
六 回復し難い損害の発生について
本件公金の支出は、差止めの対象となる金額だけでも、総額一六〇億円近い金額であり、秋田県の損害は巨額なものになることは避けられないところ、右の損害は、その後の秋田県知事個人に対する損害賠償請求等によっては回復することが事実上不可能なものであること明らかである。
七 監査請求の前置について
本訴請求が監査請求前置の要件を満たしていることは明らかである。
八 よって、本訴請求は、被告秋田県知事に対し、「第二工業用水道の大王製紙秋田工場に対する工業用水供給につき、同社の負担する価格を一トン当たり一二円五〇銭とする旨同社と合意したことにより、秋田県工業用水事業会計を補助するため、同会計に対し、第二工業用水道の専用施設費のうち三〇万トン分の支払利息分に対応する部分の補助並びに借入金のうちの水資源及び専用施設費の三〇万トン分の支払利息分及び先行投資分の支払利息分に対応する部分の補助として、秋田県の公金を支出してはならない。」との差止めを求める限度において理由があるから右限度で認容し、その余の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担については、全事件を通じてこれを九分し、その二を被告秋田県知事の負担とし、その一を平成四年(行ウ)第三号事件原告らの連帯負担とする。
第四 平成四年(行ウ)第五号事件(請求原因B)に対する判断
一 当事者について
当事者間に争いがない。
二 大王製紙誘致の経過及び概要について
請求原因2のうち、請求原因A2(二)(1)ないし(7)に対応する部分は、当事者間に争いがなく、その余の事実を含め、全ての詳細な事実は前記第一の一のとおり認められる。
三 本件補助の概要について
請求原因3は、当事者間に争いがなく、詳細は、前記第一の二1のとおりであり、公金の支出は、別紙三1の資金計画を大王製紙秋田工場操業開始予定の平成一二年に料金収入等が開始されるように引き直す形での右資金計画類似の規模と態様で行われるものと認められる。
以下の本件補助については、便宜、別紙三1の資金計画を基に検討することとする。
四 本件補助の違法性について
1 「公益上必要がある場合」(地方自治法二三二条の二)の解釈
(一) 普通地方公共団体は、その「公益上必要」がある場合においては、寄附又は補助をすることができる(地方自治法二三二条の二)。
普通地方公共団体による補助金の交付については、地方公共団体が憲法上広範な自治権を与えられ、自主財政権を有していることや、当該地方公共団体の住民により選ばれた議会や長が、その公共団体の問題点を把握し、補助の必要性、利害得失等の補助の諸効果に関する資料を収集し、これを評価、判断する使命を有していることにかんがみると、「公益上必要」(以下「公益上の必要性」という場合がある。)については、第一次的には当該地方公共団体の議会及び長の判断を尊重すべきであり、広い裁量を有しているといえる。しかし、補助の財源が主に当該地方公共団体の住民の拠出する税金等によりまかなわれることなどから、法が補助金行政の制約を明文化し、当該地方公共団体の議会や長の判断に一定の制限を加えていることにかんがみると、右裁量は完全な自由裁量であるとは考えられず、他の規範に違反するなどの違法がある場合、支出する補助金額に比較して得られる地方全体の利益がかなり低い場合、地方全体の利益よりも補助を受ける特定の者の利益を図る意図でなされたことが明白である場合などは、裁量の逸脱として「公益上の必要性」は否定され、補助金の支出が違法となることもあり得る。
(二) ところで、本件補助は、前記認定のとおり、大王製紙秋田工場の誘致することを容易、円滑にするため、「本件覚書」で定めた本件負担価格一二円五〇銭を達成するために必要な措置として、秋田県の一般会計から特別会計の補助と共に、第二工業用水道料金を実質的に引き下げる目的で、大王製紙に対して行われるものであるが、企業誘致のための営利企業に対する優遇策ないし産業振興策であることは明らかである。
営利企業を誘致するための補助は、特定の者の利益を図るという一面を有し、誘致企業と既存企業との競合や公害の発生等による地場産業の衰退等の負の効果も考えられるところであるが、通常、企業誘致による所得、雇用及び税収の増大など当該地方公共団体の住民に利益をもたらすことが予測されるのであるから、これら諸要素の中から当該地方公共団体においていかなる利益を獲得し、いかなる利益の喪失を甘受するかの政策的な価値判断は、基本的には、当該地方公共団体の住民の選挙で選出された議会や長に委ねられ、場合によっては選挙又は解職の際の争点となることで当該地方公共団体において自律的に解決されるのが相当である。
そうすると、営利企業を誘致するとの理由だけで、公益上の必要性が否定されることはなく、やはり、前記のような裁量の逸脱がないか、ことに補助の規模及び態様に対する評価を前提に、右誘致によって得られる利益と失われる利益とを衡量し、失われる利益が得られる利益を優に上回るなどの事情、すなわち、議会や長の政策判断に委ねることが合理性を欠くものと認められる事情がないか否かを検討する必要がある。
2 本件補助の規模及び態様について
本件補助は、資金計画によれば、四五年間にわたり、一体のものとして、毎年約三億円を大王製紙に対して支給するという長期間の巨額な補助であり、秋田県の補助と相まって、独立採算制等の諸原則との乖離が大きい本件負担価格一二円五〇銭まで実質的に料金を引き下げる役割を担っているものである。
3 大王製紙秋田工場操業による経済効果
(一) 証拠(乙二三、乙二五、乙七六、乙七八、乙八四、乙八五、乙八六、乙八八、弁論の全趣旨)によると、大王製紙の秋田工場操業に伴う秋田県及び秋田市の経済効果等を以下のとおり予測することができる。ところで、このうち、秋田県については、昭和六〇年全国産業連関表(操業に関するパルプ、紙の投入係数を用いる。)、同秋田県産業連関表及び大王製紙事業計画を基礎資料として平成四年七月に秋田県工業振興課が試算したものを平成二年の産業連関表を用いて再試算したもの及び右再試算を基礎に算出したものである。本来、秋田市の公金支出であるから、秋田市の経済効果のみを問題にすれば足りるが、秋田市の経済波及効果に関しては、独自の産業連関表が存在せず、秋田県の数値を参考にせざるを得ないし、経済問題としては、秋田市は秋田県と同様の経済問題を抱えているといえるので、便宜上、まず秋田県について検討した上、秋田市について検討することとする。
(二) 秋田県
(1) 大王製紙の誘致は、秋田県を挙げて取り組んでいる新総合発展計画の中で重要課題と位置付けている企業誘致政策の一環として行われるものであり、新たな雇用機会の創出や県内産業における売上高の増加、更には県税収入の伸びなどの大きな経済効果が期待できるところから、秋田県が抱えている人口の県外流出や全国との所得格差等の課題を解決する上で大いに貢献するとの判断に基づき行われるもので、絶対的な工業集積が少ない秋田県及び秋田市の産業経済の発展のために、大型装置産業を含めた幅広い工業の集積を求め、若年層の地元定着や大きな経済波及効果が期待されるものとして政策決定された。
(2) 平成八年八月に秋田県工業振興課により行われた大王製紙秋田工場の経済波及効果の試算結果は、次のとおりである(乙八八)。
① 工場建設効果
第一及び第二期の大王製紙全体の設備投資額は一八六〇億円であるが、県内の各業種(金属製品製造業、窯業、土石製品製造業、一般機械器具製造業、電気機械器具製造業等)への工事発注(直接効果)が約五六〇億円、それらの取引企業(運輸業、商業、サービス業等)への生産誘発額(間接効果)が約一九〇億円見込まれ、以上の総合計は二六一〇億円となり、投資効果は1.40倍、三期までならば、設備投資額合計二七八九億円に対し、右直接効果八三七億円、右間接効果二八五億円が見込まれ、以上の総合計は三九一一億円となり、投資効果は1.40倍と試算される。
② 操業効果
第二期までの大王製紙自体の年間工業出荷額(直接効果)は八〇〇億円(これは秋田市全体の出荷額の約二五%に相当。)、操業に伴う資材調達やメンテナンス等を中心とした、地元卸売業、機械金属工業、運輸業等に対する発注、従業員・家族の地元商店からの日用品需要など第一次産業から第三次産業までの生産誘発額(間接効果)は約三六五億円の合計一一六五億円であり、操業効果1.46倍と試算され、第三期までの直接効果は一三〇〇億円、間接効果は五九三億円で操業効果は1.46倍と試算されている。
③ 雇用効果
第二期までに大王製紙秋田工場とその協力事業所で、直接一〇五〇人が雇用されるほか、経済波及効果の誘発により、県内各産業では二六三六人の増加人員が生み出され、合計三六八六人の新規雇用が見込まれる。
なお、秋田工場は、秋田の出身者によって操業することを基本として、社員採用計画に基づき平成二年から採用を開始し、平成五年一月二六日現在九五名が本社工場において研修勤務に就いている。
④ その他の波及効果
港湾整備事業や工場建設期間における多数の建設従事者等の土崎、飯島地区における消費が期待されるなどの地域経済への波及効果や税収の増加が見込まれる。
(三) 秋田市
(1) 秋田市においても秋田県と同様の問題を抱えており、絶対的な工業集積の少ない同市の産業経済の発展のためには、大型装置産業を含む幅広い工業の集積が求められ、大王製紙についても、若年層の地元定着や大きな経済効果が期待できるとして誘致決定したものである。
(2) 秋田市の場合の経済波及効果に関しては、独自の産業連関表がないので、前記の秋田県による試算結果に秋田市分の比率を掛けて算出すると、以下のとおりである。
① 工場建設効果
秋田市は、地元であるが、秋田市分が秋田県全体の15.4%であることから、前記の県の数値結果のうちの秋田市分の構成が算出できる。それによると、二期までで県内発注額(直接効果)約八四億円、生産誘発額(間接効果)約二九億円、合計一一三億円程度、三期までで直接効果約一二六億円、間接効果約四三億円の合計一六八億円と試算される。
② 工場操業効果
第一次産業から第三次産業までの生産誘発額(間接効果)が、秋田市の県内比率51.2パーセントを掛けると、二期までで約一八七億円、三期までで約八九億と試算される。
③ 雇用効果
秋田県の試算と同様である。
(四) 産業連関分析の評価
被告の予測の手法である産業連関分析ないし産業連関表とは、ある一定期間に各産業部門が生産した財やサービスがどのように産業部門相互間の中間需要や最終需要(消費・民間投資・財政支出・輸出など)の間に配分されたかを表す社会会計の手法での分析ないし作表であって、地域産業連関表はその地域版というべきものであり、かかる分析・作表は世界各国で全国対象のものから特定地域対象のものまで広く行われ、日本でも戦後国民所得統計と連携し、国民経済計算体系の一環として、政府及び各地方公共団体で一般的に通用している手法であることが認められる。被告は、右産業連関分析に基づき、大王製紙進出に伴う経済効果を建設効果(工場建設等操業前に生じる短期的な投資効果)、操業効果、雇用効果に分けて試算しているが(乙二三、乙二五、乙八八)、その分析手法を採用したことに不合理な点は見受けられないし、また、その分析の過程、結果についてもことさらに虚偽又は過誤が介在したとの証拠もない。
秋田市は、産業連関分析により算出した建設、操業及び雇用各効果の数値から、本件誘致には相当大きな経済効果があるものと判断しているが、加えて、「基本協定」でも地元雇用の促進、工場建設時及び操業時の地元企業活用が条項に盛り込まれていることや秋田県が大王製紙誘致に関連しての種々の産業基盤整備政策を相当実行していることなどにかんがみると、右分析結果は、予測値として信頼できないとはいえない。
(五) 遠藤教授による批判
原告側の遠藤証人は、本件補助に関連する大王製紙企業の地域への誘致に関して、自己の地域にない大企業等を他から誘致し経済波及効果で地域の開発を図るという拠点開発方式においては、一般には雇用、所得、生産等の経済波及効果の大きさのみが強調されるが、実際は、自然環境破壊やそれに伴う人の健康被害、地域資源の浪費、遺跡や景観の喪失など回復不可能ないし困難な損失が生じたり、公害対策費の増大、損害賠償、地場産業の衰退による損失などが誘致企業の費用として転嫁されないなどの社会全体で負担しなければならなくなる社会的損失を生じる一面、当該大企業が本社を東京等に置いているため利潤がそこへ集約された上、地元企業に原材料を発注しないなどのために当該地方へ還元されるのは従業員の給与程度であるなど、予測する程の経済効果はないこと、また、短期的な経済効果の点でも投資先の企業の財務体質にもよること、地方財政の点でも、各種産業基盤整備のための開発投資額のほうが立地企業から上がる税収を超え、年数が経つほど余儀なくされる社会的損失を補うための費用ないし財政支出が増大して財政黒字とはならないから、開発のあり方として、地元産業等を援助する内発型投資を行うべきであるなどと主張する(甲二〇六の一、二、甲二〇七、甲二〇八、遠藤宏一証人)。
産業連関分析論及び遠藤教授の見解は、確定した事実を表すものではなく、いずれも一定の観点や手法に基づく経済効果に関する一定の予測ないし見解であって、両者は、基本的には見解の相違というものである。いずれにしても、政策決定等の際の一つの判断資料となり得るという以上のものではなく、右の内容に明白かつ重大な過誤ないし虚偽等は認められない。
産業連関表は、ほぼ五年ごとに作成されていること(乙二四)からも、短期的な経済予測であって長期的な予測を示す指標ではなく、一方、遠藤教授の見解は、正確な経済指標を示すことよりも、長期的な視野をも含めた経済の質的な問題を予測、分析するものと解するのが相当であり、両者を相反する見解と捉えることは必ずしも妥当ではない。
4 大王製紙秋田工場操業等により生ずる公害問題
(一) 環境影響評価と公益上の必要性
(1) 現行法上一定の事業等を行うために環境影響評価を行うことが義務づけられておらず、「閣議アセスメント」が存在するに止まるから、右環境影響評価手続を履践しなかったこと自体で公益上の必要性が否定されるものではない。したがって、本件環境影響評価の手続面ことに代替案の検討やダイオキシン等の未規制物質に関する環境影響評価が行われていないこと自体をもって公益上の必要性を欠くものとすることはできない。
(2) しかし、本件でいえば、補助金の支出により開始される誘致企業の活動から生ずる汚染の結果、付近住民等の生命や身体に対する侵害結果をもたらすことが予想される場合には、右誘致企業に対する補助は公益上の必要性を減殺する事由となり得るのであって、右公益上の必要性の根拠事実又は右減殺を回復させる事実は被告たる地方公共団体の長が事実上、主張立証責任を負うことになることにかんがみると、環境影響の予測又は評価の結果を記載した資料は、まさに右の事柄についての判断資料となる。
(3) 本件で、秋田県は、本件事業計画が三期まで予定されているものの埋立面積が一、二期計画のみの四八へクタール(産業廃棄物処分場用の埋立面積を含む。)であることから、閣議アセスメントを行っていない。しかし、平成三年四月三〇日の大王製紙秋田工場の用に供するための公有水面埋立免許出願に際して、環境影響評価を実施し、その結果を「環境保全に関し講じる措置を記載した図書」(以下「評価書」という。乙三二)に記載し、これを、公有水面埋立法二条三項五号、同法施行規則三条八号の「環境保全に関し講じる措置を記載した書面」として提出している(弁論の全趣旨)。これには、大王製紙の誘致に伴いその工場用地やふ頭用地等を確保するために公有水面を埋め立てる計画について、工事の実施及び埋立地の存在、利用が環境に及ぼす影響の予測及び評価が記載されている。
また、ダイオキシンについては、平成四年二月、秋田県の環境保全課が実施した秋田湾における右時点におけるダイオキシンの汚染状況についての「平成三年度秋田湾におけるダイオキシン類調査結果について」(甲三一)において、ダイオキシンの現状に関する調査結果が記載されている。
(二) 評価書の調査内容(大気汚染、水質汚濁及び悪臭)について
(1) 大気汚染の予測と分析
① 秋田県作成にかかる「評価書」によれば、大気汚染項目(二酸化硫黄、二酸化窒素、一酸化炭素及び浮遊粒子状物質)に関し、将来の各発生源からの排出量算定結果は別紙四表のとおりである(なお算定根拠は乙九六)。これによると、新規立地工場の排出するSO xは昭和六二年度現況排出量の四分の一以上、NO xは同年度現況の四分の三弱、ばいじんは同年度現況の約1.73倍にのぼるけれども、現況の排出量が環境基準を大幅に下回っていることと、将来予測では、新規立地工場からの排出量よりも既存工場・事業所等からの排出量の伸びが極めて大きいこと(SO xで現況の三倍以上、NO xで約3.7倍、COで約1.5倍、ばいじんで約四倍)(COでは自動車の増加による寄与も顕著である。)、以上から、これら大気汚染の影響は大王製紙秋田工場の操業自体からの排出量が増加する分の寄与よりも既存工場等の排出量の増加による寄与が大部分となっている。
そして、評価書では、工事の実施及び埋立地の存在、利用が環境に及ぼす影響について、いずれも環境基準の範囲内で環境に与える影響は軽微であると結論付けている。
② 平成三年一二月二四日、前記公有水面埋立免許の認可に当たり、環境庁長官から運輸大臣に提出された意見(以下「環境庁長官意見」という。)、及び平成四年一月八日、秋田県知事から前記公有水面埋立免許があった際に付された指導事項(甲二八、これは環境庁長官意見を受けてなされたものと認められる。以下「指導事項」という。)として、「当該工場から排出される窒素酸化物及び硫黄酸化物の排出量が大きいこと、また地域全体の排出量の増大も予想されていること」と具体的に指摘した上、「工場において大気汚染物質処理施設の除去効率を高めることなどにより、大気汚染物質の一層の低減に努める必要があること、また、二酸化硫黄に係る短期の環境基準を上回る可能性がある場合等には、関係地方公共団体の協力要請に基づき、工場においてもばい煙排出量の低減に努める必要がある」旨付加されている。
(2) 水質汚濁の予測と分析
① 評価書によれば、新規工場からのCOD(化学的酸素要求量)の流入負荷量は、一万〇八〇〇kg/日(一日一二万m3/日の工場排水量における排出濃度が九〇mg/lによる計算。)である。これは、法令の環境基準一二〇mg/lを下回っており、また、現況及び将来の東北製紙秋田工場の数値(一〇八〜一一〇mg/l)を下回っている。さらに、SS(浮遊物質量。以下同じ。)では、四五mg/lで、環境基準一五〇mg/lを大きく下回っている。また、現況及び将来の東北製紙秋田工場の数値(六五mg/l)も下回っている。
以上から、評価書において、埋立工事に伴うSSの影響は埋立予定地近傍に限られ、その寄与濃度は施行区域境界で七mg/l程度であり、漁業権消滅区域境界においても二mg/l以下であり、埋立工事に伴うSSの影響は軽微である。また、埋立地利用に伴う水質の影響は、COD(化学的酸素要求量。以下同じ。)については3mg/lの範囲は埋立予定地近傍に限られ、また、SSについては新規立地工場の寄与濃度は低いことから、いずれも環境保全目標を達成しており、埋立工事及び埋立地利用に伴う水質への影響は軽微であるとする。
② パルプ工場の廃液には、リグニンという物質が含まれており、工場から秋田港へリグニンを含む茶褐色を帯びた排水として流されることになるが(甲八五ないし甲八九)、現段階の技術水準でも排水の着色は不可避である。かつて秋田湾岸でも「すす水」被害が他の要因との複合汚染の形で社会問題化し、漁業被害が発生したため補償問題等を生じたこともあり、近隣の住民や漁民の不安も少なくないものがある(甲二三、甲九五)。
③ 指導事項では、ア.本埋立地に立地予定の工場から周辺海域へ排出される汚濁負荷量が大きい旨指摘した上、水質汚濁防止対策を強化するなど、水質環境基準の維持、達成に支障が生じないよう、適切な対策を講じるとともに、関係地方公共団体と協議しつつ、十分な環境監視を行う必要があるとし、イ.右工場からの排水により、港湾内の閉鎖性水域に懸濁物の堆積が懸念されることから、懸濁物の排出の抑制を図るとともに、底質の監視を行い、必要に応じて適切な対策を講じる必要があるとしている。
(3) 悪臭
① 評価書によれば、埋立工事に伴う悪臭の影響は、浚渫(しゅんせつ)土砂は砂分が卓越し、有機物含有量も比較的少なく、また、産業廃棄物の大部分は石炭灰等の無機物質であり、逐次山土により表層部に覆土を施すことなどから悪臭の発生はほとんどなく、さらに住居地域が埋立予定地から十分離れていることなどから、環境保全目標を達成している、また、埋立地の利用に伴う悪臭の影響は、最大着地濃度が臭気濃度で1.3以下、硫化水素濃度で0.00019ppm、メチルメルカプタン濃度で0.00016ppmであり、環境保全目標を達成しているとしいずれも悪臭の影響は軽微と結論付けている。
② しかし、現在の既存工場周辺の住民や天候や風向如何によっては具体的に悪臭を体験している旨の事実も認められるところではある(泉賢太郎証言)。
③ 「指導事項」では、当該工場からの悪臭防止の徹底を図るため、関係地方公共団体と協議しつつ、悪臭の環境監視を行うとともに、その結果を環境保全目標に照らして評価し、特に問題となる場合には、原因を究明し所要の対策を講じる必要があるとされている。
(4) 評価
以上の評価書中の大気汚染、水質汚濁及び悪臭の環境影響項目をみるに、各項目は全て環境基準を下回る予測結果が出ている。もっとも、予測の方法に関しては、原告らがバックグラウンド濃度の設定、逆転層を考慮していないこと、影響範囲を決めるに当たっての現況調査の不充分さ、悪臭に関しては、現行法上の規制物質のうち硫化メチル、二硫化メチルについて予測が行われていないことなどの点が原告から指摘されている。
しかし、右の結果が信頼するに足りないことを窺わせる証拠がなく、また、ここ数年来、国内の他の製紙工場において法律の環境基準を上回り深刻化したことがない模様であり(藤原寿和証人)、また、これを窺わせる証拠がないこと、秋田県、秋田市及び大王製紙の間での公害防止協定がいまだ締結されておらず、その内容如何によっては国や県の定める環境基準よりも相当厳しいものとなる可能性もあり、関係住民や近隣市町村の監視体制も充実する可能性もあることなどの事情を総合勘案すると、現段階においては、紙の生産工程から排出される副産物の発生量が環境への影響を懸念させるものではあるものの、その影響が、直ちに人の生命又は身体を侵害する程度であるとはいえず、右の懸念が「公益上の必要性」を否定する程度のものであるとはいえない。
(三) ダイオキシンについて(甲一二三ないし甲一四二、乙一八、乙一九、乙三二、乙七一、弁論の全趣旨)
(1) ダイオキシンの定義、性質等
① ダイオキシン類(以下「ダイオキシン」という。)とは、ポリ塩化ジベンゾ―p―ジオキシン(PCDD)及びポリ塩化ジベンゾフランをいい、ごみ焼却場の焼却灰や除草剤中から検出されている。
② ダイオキシンについては、その分解性、蓄積性、毒性等の性質について、世界各国で研究が進められている最中であり、人の健康に対する影響、環境全般に対する影響などが十分に解明されていない状況にあり、現時点では、「水質汚濁防止法」や「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」等の法令において規制を要する有害物質として指定されていないものの、少なくとも以下の事項が確認できる。
ア.動物実験では肝臓障害、発癌性、催奇形性が確認されている(乙一八)。実際、米軍がベトナム戦争で化学兵器として使用したダイオキシンを含む植物枯殺用の化学剤(枯葉剤)の散布により、散布地域に癌患者・先天性異常児・流産・死産などが多発したことが知られている(甲一三一)。
イ.ダイオキシンの毒性とは、主に、体の代謝を司るホルモンや免疫機能の異常を引き起すことにあり(甲一二三の二、一二四)、そのため、感染症や癌を発生させるとされており、その他、男性の生殖ホルモンの変化(甲一二六)、動物実験であるが母乳を通しての胎児へ影響として甲状腺機能障害の発生(甲一二七)や生殖器官に癌の発生(猿とラットについて。甲一五六の一)、猿における認識異常(甲一二八)、ねずみの性行動異常(甲一二九)などの各研究報告がなされており、ダイオキシン汚染のある化学物質を製造している工場労働者と癌発生との因果関係に関する統計的な研究も行われている(甲一二五、甲一三〇)。分子構造上塩素の付く位置及び数により毒性の強度が異なるが、中でも2.3.7.8―TCDDは、最も毒性が強いと言われている。
ウ.ダイオキシンが人体に及ぶ経緯は、主に排水等による海や川に住む魚類を人が摂取するルート、空中に排出され、雨等で地上に落下し、乳牛や農牧地から、牛乳、肉類、野菜等を通じて人体に摂取されるルート等であり、人体では主に脂肪に付着し易く、代謝されないまま長期間蓄積されていくとされている(髙橋晄正証人、甲三四)。
(2) 紙パルプ工場にかかるダイオキシン排出
① 製紙工場からのダイオキシン排出の経路は、ア.工場排水、イ.工場の排ガス、ウ.産業廃棄物処分場埋立地に蓄積されるものの三つに大きく分かれる(甲一三二、髙橋晄正証人)が、主に漂白工程における塩素の使用が原因であることが知られている(甲三三、甲一三四)。
② 平成二年、愛媛大学脇本教授の調査により愛媛県川之江市のボラから高濃度のダイオキシンの検出が発表され(なお、その後の平成四年に行われた追跡調査によると、特に高濃度で検出されていたボラの2.3.7.8―TeCDFが検出限界レベルまでに低下している等の結果から、同河口域の汚染が改善された結果である旨推論がなされている。乙七一)、翌年、環境庁はパルプを製造している全国六〇の工場を対象にダイオキシンに関する調査を行い、平成三年一一月に「紙パルプ製紙工場に係るダイオキシン緊急調査」を発表した(甲二七、甲一三二)。
③ その調査結果は、別紙五の図及び表(甲一三二、甲一三三図1)のとおりであるが、これによると、計六〇検体の平均値として、塩素漂白の漂白工程後の総合排水から一キログラム当たり平均五ピコグラム、最大九〇ピコグラム検出されたが、漂白工程以外の回収黒液ボイラー、排ガス計五検体中一立方メートル当たり六〇ピコグラム、最大一八〇ピコグラム、スラッジを燃やしたばいじんが各施設三検体計一二検体中に一キログラム当たり三一〇〇×(一〇の三乗)ピコグラム、最大値一二〇〇〇×(一〇の三乗)ピコグラム(産業廃棄物最終処分場への埋め立て処理される。)排出される結果となっている。
また、上記結果の評価として、以下、アからカが確認された。
ア.塩素は、従前から漂白工程における主要なダイオキシン発生の原因物質とされてきたが、今回の調査にかんがみても、漂白工程での塩素使用を減少させることがダイオキシン発生防止の観点から有効であること
イ.漂白工程での次亜塩素酸ソーダも科学的性質から操業条件如何で塩素を発生させると考えられるので、必要量以上の使用をせず、操業条件に配慮すること
ウ.酸素及び二酸化塩素は、漂白工程で使用すると、ダイオキシン発生の抑制につながること
エ.排水処理汚泥の焼却施設及び回収ボイラーにおける燃焼系のダイオキシンの生成(ばいじん、もえがら、排ガス等)については、完全燃焼の確保、排ガス処理装置の運転条件に留意すると発生を減少させ得ること
オ.一定の条件下での排水中の浮遊物質(SS)中のダイオキシン含有量は相対的に高く、SSの除去を徹底することは有効であること
カ.紙パルプ工場からのダイオキシンの環境媒体への移行としては、水系、大気系及び廃棄物系が各数十パーセント見られるほか、一部は紙製品へも移行すると考えられ、各系にバランスのとれた抑制対策を検討する必要があること
さらに、紙パルプ工場から発生するダイオキシンの人への主要な暴露経路と考えられるのは、工場周辺漁場の魚介類の摂取と環境大気の呼吸の二つであるが、今回の調査で把握されたこれらの周辺環境の汚染状況は、これまで環境庁において実施してきた一般環境の魚介類及び環境大気の調査結果とほぼ同じレベルにあるとされ、ダイオキシンの毒性評価については今日の段階でも流動的であるといえるが、環境庁の右調査による一般環境中のダイオキシンの汚染状況が、現時点では、人の健康に被害を及ぼすものとは考えられないと中央公害対策審議会環境保健部会化学物資専門委員会等により評価されているから、今回の調査結果に基づく紙パルプ工場周辺の環境汚染は、現時点では、人の健康に被害を及ぼすとは考えられないものの、ダイオキシンによる環境汚染対策の基本的な考え方として、他の発生源を含めできる限りダイオキシンの発生と環境中の濃度を低減させていくことが適切であるとした上、今後、業界への削減要請、公共団体の協力を得て工場へ指導することなどのほか、排出状況の把握、研究、モニタリング、国際的情報交換に努める旨報告している。
(3) 秋田県による調査(甲三一、甲三二)
平成四年二月に秋田県の環境保全課が実施した秋田湾における右時点におけるダイオキシンの汚染状況についての「平成三年度秋田湾におけるダイオキシン類調査結果について」(甲三一)の「3.調査結果の評価及び今後の対応」で、2.3.7.8―TCDD自体は海水、工場排水、海底質、魚貝類からは検出されず、また、2.3.7.8―TCDD当量濃度でも、海水の水質、工場排水等からほぼ『0』という低レベルであり、「前記の環境庁による全国の製紙工場の調査結果と比べてさらに低いレベルであり、人の健康に被害を及ぼすものとは考えられない。」旨評価されている。
他方、同調査の中で、魚介類のコノシロについて、東北製紙工場沖及び大王製紙予定地沖の二地点で最大0.5pptの2.3.7.8―TCDD当量濃度が検出されており、これは製紙工場周辺の魚介類の全国平均値0.23pptの倍以上の数値である。また、底質から、採取地点によっては、八ppt検出された場所もある。
(4) 秋田工場操業に伴い排出されるダイオキシンの予測(髙橋晄正証人、甲一三三、甲一五四、甲一五五、乙一八)
髙橋晄正証人は、大王製紙秋田工場操業に伴う魚貝類のダイオキシン汚染を予測し、一〇〇グラム当たり第一年度で一五二ピコグラム、第二年度で三〇四ピコグラム、SS二〇以下及びAO x一〇未満という(厳しい)条件下でも排水中のダイオキシン濃度は最低0.03pptから0.3pptとして、大王製紙秋田工場の排水から放出されるダイオキシン量四二〇mg/年はヨーロッパ人が食品から摂取する一〇〇ピコグラムの一年分36.5ナノグラムで計ると、一一五〇万人分となり、また、排気ガスから降下するダイオキシン二五〇mg/年は、光分解する量を含めてであるがヨーロッパ人の食品から摂取する年間量の六八五万人分となり、その合計は二〇〇〇万人の人々が年間に摂取するダイオキシン量に相当すること、工場煙突の周辺地域特に優越風向(北西から東南)の方向にあるレジャー施設はその排気ガスから降下するダイオキシンに警戒すべきこと、排水口付近海域のダイオキシンによる濃厚汚染地域の底質汚染による魚類汚染は、大王製紙の既知の技術水準では操業開始後一、二年以内に食用不適となると推測され、その影響は回遊魚については男鹿湾内の魚類にも及ぶと推測されること、排水の水中放流が効率よく行われるほどダイオキシン汚染排水の希釈には男鹿湾内の海水が必要となり、湾内魚類の汚染を引き起こすものと推測されること、高濃度のダイオキシンを含む工場廃棄物の埋立は、地震、津波などの自然災害時にその防壁が破壊されることにより、湾内はダイオキシンの濃厚汚染地域と化する危険性があることなどと結論付けている(甲一三三、甲一五四、甲一五五、甲一五八)。
右髙橋証人による分析は、基礎数値を前記の環境庁の調査結果に求めていることなどから、発生量予測の点では信頼性があるといえるが、周辺環境への拡散状況や光分解等による消滅の程度は、地域・気象、日照状況・煙突の高さ等により変化があると考えられることや予測方法や予測条件等の点で解明できていない点もある。
「指導事項」においては、ダイオキシン類による環境汚染対策の基本的な考え方としては、できる限りダイオキシン類の発生と環境中の濃度を低減させていくことが適切であることから、当該工場の漂白工程における塩素の使用量の低減を図るなど、排水及び排ガス等からのダイオキシン類の発生を極力低減するための適切な対策を講じるとともに、関係行政機関と協議しつつ、ダイオキシン類の排出状況を把握し、必要に応じて環境中の濃度の把握にも努める必要があることが指摘されている。
(5) 評価
ダイオキシンは、未だ人体への影響に関しては解明されていないものの、動物実験によりその有害性が広く認識されており、国や公共団体もその認識に立って諸政策を立案遂行しようとしている。そして秋田県の現状調査でも局部的な数値では高い値が検出されており、大王製紙秋田工場が進出して長期間操業すればそれだけ排出量も増加するから、その汚染による被害が大きく懸念されるところではあるが、汚染拡大の程度、発生量からどの程度の希釈や分解があるか等を含めた環境への影響の程度等については不明であり、また、環境庁の調査でも紙パルプ工場周辺の環境汚染は、現時点で、人の健康に被害を及ぼすとは考えられないと結論付けられていることに加えて、秋田県の現状調査結果(甲三一、甲三二)でも右環境庁調査の全国レベルより低い結果となっていること、製紙工場から排出されるダイオキシンの排出メカニズムと排出量を削減するための方法が具体的に判明しており、努力次第で相当程度汚染を減少させることは可能であると認められること、秋田県、秋田市及び大王製紙間で締結された「公害対策に関する確認書」において、ダイオキシン公害発生防止のための万全の対策を講ずるとの条項が規定されていること、環境庁も防止対策を提案していること(乙一九)、公害防止協定が未定であり、住民監視体制の整備等も図られる可能性があること、現段階においても紙パルプ工場からの汚染排出防止の技術は進歩しており、将来的における防止技術の進歩に期待できることなどの事情もある。
(四) 石炭火力発電所について
(1) 大王製紙秋田工場が使う電力は、自前による石炭火力発電所による(弁論の全趣旨)が、その発電量の規模は、二期計画時で一五万キロワット、三期計画時で一八万キロワットである。
(2) 石炭火力発電所における環境問題は、主に大気汚染に関するもので、硫黄酸化物、窒素酸化物及びばいじんである(甲四三)。秋田県生活環境部作成にかかる各施設毎の大気汚染物質(硫黄酸化物及びばいじん)のうち、スラッジボイラーの硫黄酸化物の除去効率は50.14パーセントであり、石炭の脱硫効率は一期計画、二期計画のボイラーとも七九パーセントである。後者については、今日の技術水準では九〇パーセント以上である(弁論の全趣旨)。
また、右火力発電所の発電ボイラーは、①回収ボイラー(チップの蒸解廃液を濃縮・燃焼して薬品成分を回収するとともに、臭気の回収を図ろうとする設備)、②スラッジボイラー(発生する大量のスラッジや製紙かすを燃焼してその減量化を図ろうとする設備)、③石炭ボイラー、④重油ボイラー(予備)からなるところ、①②はいずれも廃熱を利用して蒸気を生産する発電設備である一方で、②の場合などは産業廃棄物の焼却炉でもあるため、これらのボイラーから出る排煙と石炭ボイラーから出る排煙を集めた集合煙突から汚染物質が排出される可能性が高く、特に大量の石炭を助燃料として用いてスラッジ等を焼却する場合、燃焼温度の不安定さなどからダイオキシン発生の危険性がある(甲一三五、弁論の全趣旨)。
(3) 大王製紙秋田工場の石炭ボイラーのばい煙対策としては、湿式排煙脱硫装置、低NO x(窒素酸化物)燃焼法、電気集じん機等のばい煙処理の施設や方法を採用することにより、硫黄酸化物、窒素酸化物及びばいじんの各濃度はそれぞれ法令で定められた排出基準を遵守することとしており、また、スラッジボイラーについては、電気集じん機、排煙脱硫装置を設置するほか、ダイオキシンについては、厚生省の「ダイオキシン類発生防止ガイドライン」に基づいた燃焼管理を実施するなどの対策を講じることとされている(弁論の全趣旨)。
(4) 評価
石炭火力発電所に関しても、住民の関心も高いところであるが、(3)認定のとおりばい煙に対する防止措置を施す予定であることに加え、仮に排出規制に違反した場合には、罰則の適用があること(大気汚染防止法一三条一項、三三条の二第一項一号、三六条)、今後大王製紙と締結予定の公害防止協定において、秋田県及び秋田市による立入り調査、改善命令等の監視規制措置が担保される可能性があることにかんがみると、現段階において、石炭火力発電所の運転が直接公益上の必要性を否定するまでの事由であるとはいえない。
(五) 近隣住民の動向
秋田市に隣接する天王町では、同町議会において大王製紙秋田工場進出反対の決議をし、平成四年八月二八日、同町議会議長が秋田県議会議長宛に同工場の進出に反対する旨の陳情書を、同町町長が同工場の進出に、基本的に反対する旨の陳情書をいずれも秋田県議会議長宛に提出した(甲二二、甲二三、甲六六、甲六七)。また、平成七年八月二三日付けで、同町議会議長及び同町町長による同工場進出に反対する旨の陳情書及び同町漁業協同組合代表理事組合長及び同町出戸浜海水浴場組合長による同工場誘致の見直しを求める旨の陳情書が秋田県議会議長へ提出された(甲一八九ないし甲一九二)。これに対し、秋田県議会は右陳情書を同年九月の県議会で不採択とした。その後、平成八年二月六日、同町の右四者連名で、完全な公害防止対策を講ずることを要求する陳情書を秋田県議会議長へ提出した(甲二一一)。
男鹿市においては、基本的には反対はしないものの、公害防止対策の徹底を図る旨の要望を出している。
5 結論
以上の諸事情に基づき、本件補助の公益上の必要性について検討する。
(一) 補助の規模等について大きな問題がない場合、大王製紙のような大手製紙企業が当該地方公共団体内に誘致されることは、秋田市(秋田県)にとってはかつてない規模の企業誘致であり、予測される経済効果、特に短期的な工場建設効果や初期の工場操業効果の大きさは否定できず、これによる産業の誘発効果を通じて住民の所得増大、雇用促進、税収の増加等が予測できるから、右誘致によって得られる利益は少なくないものがある。
また、一般的には、今日の人の日常生活において、紙が不可欠な財であり、かつ、大量頻繁に使用されている現状にかんがみると、紙の生産拠点となる製紙工場の存在は、その生産品に着目する限り、社会一般の利益に合致していないとはいえない。
他面、現在、製紙工場の生産活動において公害の原因となる物質を含む副産物の発生が不可避であり、窒素酸化物や硫黄酸化物等の大気への排出、浮遊物質やリグニン等の排水、ダイオキシンの発生等があることから、環境への悪影響が懸念されるところであり、大王製紙秋田工場の近隣住民及び隣接の天王町や男鹿市の住民にとっては相当不安材料となっており、現に同町は基本的には誘致に反対の立場をとっているところである。また、仮にその影響が少なかったとしても、人がこれらの寄って立つ漁業、海水浴場等観光産業に対する需要を控えるなどの行動を生じさせる場合もあり得るとすると、当該地方公共団体(秋田市)の議会や長による公益上の必要性についての判断が、他方で隣接の他の地方公共団体の利益を損なうおそれなしとはいえない。
しかし、本件において、硫黄酸化物等の大気汚染やCOD、SS等の水質汚濁、及び悪臭の具体的な予測指標は法令の環境基準を下回っていること、ダイオキシンについてもその一定量の排出は疑いのないもののその分解の程度や環境への影響の程度が未知数であり、他方防止のための対策方法が具体的に解明されていること、秋田県、秋田市及び大王製紙の間での公害防止協定の締結が予定されており、その内容如何によっては国や県の定める環境基準よりも相当厳しいものになる可能性もあり、関係住民や近隣市町村の監視体制も充実する可能性もあること、公害防止技術の進歩等、諸般の事情にかんがみれば、大王製紙秋田工場操業による環境への影響に関しては、大きな懸念があることや操業内容の性質上、一定程度の影響は避けられないものの、現段階において、その程度が具体的な健康被害を発生させるほど深刻なものとまではいえず、失われる利益が甚大であるとはいえない。
右によれば、大王製紙に対する補助は、失われる利益が得られる利益を優に上回るなどの事情は認められず、極めて困難な問題を含む公益上の必要性の判断について、議会や長の政策判断に委ねることに合理性があるから、その裁量は尊重すべきこととなる。
(二) しかしながら、以上のような評価は、工場の操業が開始され、本件補助の支出が開始されてから相当の期間内に関しては妥当するものであるが、相当の期間が経過した以降については、時の経過とともに、補助によって得られる経済効果も、紙需要及び産業構造の変化等経済環境の変化や受水企業の財務体質の変化等を考慮すれば、極めて不確実な要素を前提とした判断とならざるを得ない。
また、そもそも産業連関分析等の所得及び雇用等の増大予測は、短期的な効果予測を前提とするものである。
さらに、負の効果である環境への影響も、長期間の経過と共に排出される副産物の排出開始からの絶対量の増加により、その程度及び範囲も大きく変化する可能性は否定できず、その結果、隣接する地方公共団体(天王町、男鹿市等)への影響が問題化する可能性も否定できないものである。また、大王製紙における公害防止対策に対する取組の姿勢や住民等の監視態勢など公害防止対策の実行も変動する可能性を否定できないものといえる。
そして、本件補助の規模は、前記のとおり、長期間にわたり、巨額なものであり、他の地方公共団体が誘致企業に対し支給している補助金額(乙八六)に比較しても極めて高額である。また、本件補助は、大王製紙秋田工場が使用する第二工業用水に関し、独立採算制等の諸原則との乖離が大きい本件負担価格一二円五〇銭まで実質的に料金を引き下げる役割を担っているものである。
(三) 右の諸点にかんがみれば、本件補助は、平成一二年から相当期間を超えてなされる分について、公益上の必要性について判断の妥当性が確保されず、その高額な補助金額に照らすとその効果不十分の危険性も否定できないことになる。
そこで、公益上の必要性についての判断の妥当性が確保され得る相当期間について検討するに、これを大王製紙秋田工場の操業との関係でみれば、第二工業用水を一日当たり二〇万トンを使用する第三期計画が予定されている平成二三年が同社の経営状態の分岐点であり、第三期計画の実現の有無が明らかになる時期は本件補助の効果を見極める上で重要な時期であること、産業連関表もほぼ五年ごとに作成されるから、遅くとも平成二三年には経済状況の変化がかなり具体性を有して数値的に確認されること、平成一二年から平成二二年までの分の本件補助は、その期間及び金額において許容限度と思われること、以上の諸点を考慮すると、右相当期間は平成一二年から平成二二年までの期間であると評価すべきである。
(四) 以上の次第であるから、大王製紙に対する本件補助のうち、平成一二年分から平成二二年分までの補助は、その適否を議会や長の政策判断に委ねられるべき合理性があり、その結果、「公益上の必要性」を欠くものとはいえないことになるが、平成二三年分以降の補助は、「公益上の必要性」を肯定する判断の妥当性が確保できる合理的理由を見出すことは困難であるから、結局、補助は法的根拠を欠くに至り、違法であるとの評価を免れない。
五 公金支出の確実性について
差止請求の対象行為について地方自治法二四二条一項が規定するところの「当該行為がなされることが相当の確実さをもって予測される場合」について検討するに、請求原因5の原告ら主張にかかる事実は、当事者間に争いがなく、その他、右に関連する事実の詳細は、前記第一のとおりである。
平成四年(行ウ)第三号事件の第三の五の記載と同様の事情に照らすと、被告秋田市長が、大王製紙が秋田市飯島地区に建設を予定している同社秋田工場で使用する秋田第二工業用水の料金支払いを補助するため、同社に対し、本件公金を支出することが相当の確実さをもって客観的に推測される程度に具体化されているものと認められる。
なお、平成四年(行ウ)第三号事件の第三の五の記載と同様の理由により、本件公金の支出についての右判断は、条例の未整備及び予算の未議決等の事情により左右されない。
六 回復し難い損害の発生について
本件公金の支出は、差止めの対象となる平成二三年以降の金額だけでも、総額八〇億円を超える金額であり、右額はそのまま秋田市の損害となるところ、右の損害は、その後の秋田市長個人に対する損害賠償請求等によっては回復することが事実上不可能なものであること明らかである。
七 監査請求の前置について
本訴請求が監査請求前置の要件を満たしていることは明らかである。
八 よって、本訴請求は、被告秋田市長に対し、「大王製紙が秋田市飯島地区に建設を予定している同社秋田工場で使用する工業用水の料金支払いを補助するため、同社に対して支出する秋田市の公金のうち、平成二三年分以降の公金を支出してはならない。」との差止めを求める限度において理由があるから右限度で認容し、その余の請求は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担については、全事件を通じてこれを九分し、その二を被告秋田市長の負担とし、その一を平成四年(行ウ)第五号事件原告らの連帯負担とする。
第五 平成六年(行ウ)第二号(請求原因C)に対する判断
一 当事者について
当事者間に争いがない。
二 大王製紙誘致の経過及び概要等について
請求原因2のうち、請求原因A2(二)(1)ないし(7)に対応する部分は、当事者間に争いがなく、その余の事実を含め、全ての詳細な事実は前記第一の一のとおり認められる。
三 公有水面埋立工事及び産業廃棄物処分場の概要について
当事者間に争いがない。
四 本件廃棄物処分場設置の違法性について
1 廃掃法一五条一項は、産業廃棄物処理施設(廃プラスチック類処理施設、産業廃棄物の最終処分場その他の産業廃棄物の処理施設で廃棄物の処理及び清掃に関する法律施行令(以下「施行令」という。)で定めるものをいう。)を設置しようとする者は、厚生省令で定めるところにより、当該産業廃棄物処理施設を設置しようとする地を管轄する都道府県知事の許可を受けなければならないとし、同条二項で、都道府県知事は、前項の許可の申請に係る産業廃棄物処理施設が次の各号に適合していると認めるときでなければ、同項の許可をしてはならないとし、同条二項一号で、厚生省令(産業廃棄物の最終処分場については、総理府令、厚生省令)で定める「技術上の水準」に適合していることとされている。
2 廃掃法一五条二項一号の「技術上の水準」の要件を満たしているか否かは、極めて科学的ないし専門技術的事項であって、法はその具体的な基準を厚生省令等に委任し、行政庁の技術的な判断に委ねていることから、如何なる基準をもって法の要求する水準といえるかは行政庁の裁量に属するというべきである。したがって、「技術上の水準」は、行政庁の内部で一般的に用いられている具体的基準により判断すべきところ、右具体的基準に不合理な点があるか又は当該産業廃棄物処理施設が右具体的基準に適合すると判断した行政庁の判断の過程に看過し難い過誤、欠落があると認められる場合には、右判断には不合理な点があるとして、当該設置許可処分は違法と解すべきである。
もっとも、本件は、本件設置許可処分自体の効力は既に公定しており、その効力が問題となるのではなく、別紙一飯島地区公有水面埋立事業工事一覧表(工事番号Z五〇一のB1からZ五〇一のB4)の工事請負契約に基づく公金支出という財務会計行為が違法となるような原因行為が存在するか否かという観点からみて、すなわち、当該職員である秋田県知事佐々木喜久治が行った本件設置許可処分等について、財務会計上の観点(予算執行の適正確保の見地)からみて、看過し得ない瑕疵が存在するか否かを検討する上で、「技術上の水準」を満たしているか否かなどの産業廃棄物最終処分場設置許可処分の要件該当性等が問題とされるものである。
3(一) 「管理型」の違法について
施行令七条一四号に掲げるイの「遮断型」の処分場は、施行令六条の四第一項三号イ(1)ないし(6)までに掲げる有害物(総理府令で定める基準に適合しないものに限る)を含む産業廃棄物の埋立処分の用に供される場所をいい、施行令七条一四号に掲げるハの「管理型」の処分場は、右産業廃棄物及び安定型産業廃棄物以外の産業廃棄物の埋立処分の用に供される場所をいうが、本件廃棄物処分場は、「管理型」として設置されるものである。
証拠(甲一一一の一、乙一一の一、乙二六)及び弁論の全趣旨によると、大王製紙三島工場で排出されている石炭灰(石炭による自家発電の石炭ボイラーを燃焼した後に残る灰)、スラッジ灰(製紙のカス等をボイラーで焼却した後に残る灰)、石灰汚泥(木材を蒸解する薬品の再生工程で発生するカス等)の産業廃棄物は、大王製紙が実施している分析試験の結果によれば、有害な産業廃棄物であるか否かを判定する「金属等を含む産業廃棄物に係る判定基準を定める総理府令(昭和四八年二月一七日総理府令第五号)」(乙一一の一)二条の「特別管理産業廃棄物の埋立処分に係る判定基準」にすべての項目で適合し、右分析結果は、右総理府令三条の規定による「産業廃棄物に含まれる金属等の検定方法」(昭和四八年二月一七日環境庁告示第一三号)により実施されたものであるが、本件廃棄物処分場で処理する産業廃棄物の種類は、石炭灰、スラッジ灰、石灰汚泥であり、これは大王製紙三島工場で排出される産業廃棄物と同種であり、「遮断型」の有害物には該当しないものと認められる。
したがって、本件廃棄物処分場を「管理型」としたことに違法はない。
(二) 遮水性の欠如について
(1) 本件廃棄物処分場で採用された遮水構造
本件埋立区域の遮水構造については、外周施設のA―Ⅲ護岸(以下「前面護岸」という。)及び中仕切施設のC―Ⅰ、C―Ⅱ、C―Ⅲ護岸の遮水鋼矢板を海底深層部の難透水層(砂泥互層部)に至るD・L(標高)マイナス二七メートルまで打ち込むことにより水平方向の遮水性を確保するが、垂直方向の遮水性については底部に遮水工を設けない工法(以下「鉛直遮水工による工法」などという場合がある。)を採用している(乙三二、争いのない事実)。そこで、かかる工法が、特に垂直方向の遮水性に関する「技術上の水準」を満たしているか否かが問題となる。
(2) 基準
① 廃掃法一五条二項一号にいう設置許可処分の要件としての「技術上の水準」については、これを受けて、「一般廃棄物の最終処分場及び産業廃棄物の最終処分場に係る技術上の基準を定める命令」(昭和五二年三月一四日総理府・厚生省令第一号。改正平成元年総理府・厚生省令第一号、平成四年総理府・厚生省令第一号、以下「共同命令」という。乙八)で定められている。
この技術上の基準のうち遮水性については、共同命令二条一項四号の規定に基づく一条一項五号イの規定の例により、「埋立地には、(中略)一般廃棄物の保有水及び雨水等(以下「保有水等」という。)の埋立地からの侵出を防止することができる遮水工を設けること。ただし、埋立地と公共の水域及び地下水との間に十分な厚さの不透水性の地層その他本文に規定する遮水工と同等以上の効力を有するものがある部分については、この限りでない。」とされている。
そこで、本件では、本件廃棄物処分場の地下の地層が鉛直遮水工による工法との関係で右の「不透水性の地層」に当たるか否かが問題となる。
② 右の「不透水性の地層」の該当性について、「廃棄物最終処分場指針解説(厚生省水道環境部監修)」(乙九)では、遮水工の選択、あるいは遮水工を実施するか否かに当たって基本的に重要な尺度となる埋立地の地盤とその透水性について、概ね以下のとおりとされている。
ア.埋立地の地盤については、通常、土質地盤か岩盤であり、土質地盤は砂質土と粘性土に大別できる。土質地盤の透水性は透水係数(透水係数とは、土中を浸透する水の見かけの速度と動水勾配(任意間の水位差)を関係づける比例定数で、一般には土の透水係数が小さいほど水は流れにくい。単位はcm/sec。乙三六)で示されることが多い。一般に、土質地盤では遮水シート等の表面遮水工が採用されることが多く、粘性土と砂質土が互層をなしているような場合には、鋼製矢板等による鉛直遮水工と地下の粘性土質を組み合わせた型の遮水工等が用いられている。
いずれにせよ、埋立地の地盤特性、地下水層の位置と水位、地下水流の方向と水量、井戸等地下水利用の状況等が重要な判断条件となるので、遮水工の検討や選定に当たっては以下の点に留意する必要がある。
土質地盤であれば埋立地内の地盤の透水係数が10−5cm/secオーダーよりも大きい場合には遮水工を設けることを原則とする。透水係数が十分に小さい場合でも、それぞれの地盤の厚さが十分な厚さであることが必要である。
イ.さらに、海面埋立における底部(表面)遮水工の選定について、概ね以下のとおりとされている。
一般に処分場は、沖積粘性土層の地盤上に設けられることが多く、この粘性土層は、透水係数が10−6〜10−7cm/secの値を示すことが多いので、通常は不透水層とみなし、底部には遮水工を設けないことが多い。しかし、砂質土層に処分場を設ける場合には透水係数が大きいと予測されるので底部の遮水工は必要となる。この場合の方法としては、次の三つの方法が考えられる。
a.埋立地内の残留水を排除し陸上施工と同様に行う。
b.残留水はそのままの状態で水中施工を行う。
c.砂層の下部に難透水層がある場合は、底部に遮水工を設けず周辺護岸等の鉛直遮水工にて対応する。
ウ.以上をまとめると、本件で採用されたような鉛直遮水工による工法が右「技術上の水準」を満たしているといえるには、砂層の下部に難透水層があり、これが粘性土と砂質土とが互層をなす層であるとみられる場合には、右互層の透水係数が10−5cm/secオーダー以内であり、かつ、十分な厚さを有すれば、底部に遮水工を設けず周辺護岸等の鉛直遮水工によっても「技術上の水準」を満たすものといえる。そこで、以上を前提に、右の「技術上の水準」を満たしているかについて以下検討を加える。
(3) 検討
① 秋田県による土質調査及び追加ボーリング調査の結果
ア.秋田県は、本件廃棄物処分場が「技術上の水準」を満たしているかを調査するために、平成元年九月二〇日から同年一二月二〇日まで(乙四六)、平成二年九月七日から同年一二月一〇日まで(乙四七)、同年一一月二一日から平成三年一月一〇日まで(乙四八)の三回にわたり、本件廃棄物処分場予定地の地質調査を行った。その後、平成三年の一二月ころ、秋田大学教育学部の白石建雄教授(以下「白石教授」という。)及び同大学鉱山学部の福留高明助教授(以下「福留助教授」という。なお、右二名を合わせて「両教授」ということがある。)が本件廃棄物処分場予定地の地層の遮水性等についての疑問や意見を秋田県知事や国に提出したことから、秋田県は、同年一二月二八日に運輸大臣による本件廃棄物処分場予定地を含む公有水面埋立の認可を、平成四年一月八日には秋田県知事による同埋立免許の交付をそれぞれ得たものの、両教授の疑問に応えることにより住民の不安を解消するために、両教授らとの間で同年一月二四日から同年七月二九日の間に五回の意見交換会を実施した(以下「意見交換会」という。甲一四)。さらに、意見交換会での意見等を踏まえて、平成四年四月一四日から同年七月三一日まで(乙四九)及び同年九月一日から同年一〇月一五日まで(乙五〇)までの二度の追加ボーリング調査を行った。
イ.右三回の地質調査及び二回の追加ボーリング調査の結果、秋田県は、本件廃棄物処分場予定地の遮水性について、次のとおりの評価を示した(乙一〇、以下「本件調査結果」という。)。
すなわち、最終処分場予定地で実施した二回の追加ボーリング調査の結果、既存調査でDc層としていたシルト粘土層及びこの層を含む標高マイナス二一メートルからマイナス三三メートルに分布する砂泥互層上部の粘性土主体層(Bc1層、Bs1層、s層)の連続性に関しては、次に示す事項から判断して連続性があり、また、BATシステム(スウェーデンのBAT社によって開発された地下水モニターシステムで間隙水圧の測定、地下水の採取、透水試験等を高精度に合理的に行うことができる装置である。)による透水試験の結果、粘性土主体層は同層に介在する砂層(Bs1層)も含めても遮水性が高いものと判定した(なお、本件調査結果による本件廃棄物処分場予定地周辺の地層構成は別紙六のとおりである。)。
a.調査結果及び既存資料の再検討結果から、砂泥互層上部の粘性土主体層は、厚さ4.65〜10.7メートル(挟在砂層を除くBc1層で厚さが3.3〜9.3メートル)で連続して分布している。また、粘性土主体層の頭部には、シルト粘土層(既存記号のDc層)が厚さ0.58〜1.50メートルで調査地全体で確認されている。これらの層の連続性については、以下に示す間隙水圧分布(土の粒子間を満たしている水の圧力をいう。乙三六)及び塩素イオン濃度の判定結果からも認められる。
b.BATシステムによる現場透水試験結果及び既往のJFT(湧水圧測定法。ボーリング孔を用いて地盤の透水係数を求める試験で、原理はBAT法と同じ。)による湧水圧試験結果に新たに得られた地層中の間隙水圧データを加えて再検討した結果、砂泥互層上部の粘性土主体層は挟在砂層(Bs1層)も含めて透水係数が10−6〜10−7cm/secオーダーとなることから、砂泥互層全体が難透水層であることが判明した。
c.地層中の間隙水圧の測定結果から、上部砂層の間隙水圧は静水圧分布しているのに対し、砂泥互層部の間隙水圧は、静水圧より若干高い値(0.03〜0.54kgf/cm2)を示すことから、砂泥互層部の間隙水圧は、被圧状態であることが判明した。このことから近隣の範囲で上部砂層と砂泥互層下部の砂層との連通はなく(砂泥互層の地下水の下方向への浸透流が生じていない。)、砂泥互層上部の粘性土主体層が、難透水性の地層で、かつ、連続分布しているものと判定された。
d.塩素イオン濃度が、上部砂層では海水に近い一万一〇〇〇〜一万七〇〇〇mg/l値を示しているのに対し、砂泥互層頭部のBc1層では五七〜七二〇〇mg/lとなり大きな差異が認められ、また、砂泥互層中間部では一六〜四八〇〇mg/lと更に大きな差異が確認され、塩素イオン濃度が深度方向に小さくなる傾向を示している。このことから、砂泥互層上部のBc1層が、塩素イオンをも透し難い難透水性の地層で連続して分布しているものと判定された。
② 難透水層の存在と厚さについて
本件調査結果によると、本件廃棄物処分場の海底には、砂泥互層が存在し、砂泥互層上部の粘性土主体層は、厚さ4.65〜10.7メートル(挟在砂層を除く厚さで3.3〜9.3メートル)で連続して分布していることが認められる。この点は、第二回目の意見交換会(平成四年三月二日実施)でも、秋田県側から粘性土と砂質土との互層帯(Da1t層)が2.5メートル以上の厚さで分布していることが主張され、Dc層とされたシルト粘土層の連続性の問題を別にして互層帯自体の存在及びその厚さに関して特段反対の意見が述べられなかったこと(福留高明証人、乙三四の二)、その場において、シルト粘土層及びその下部に位置する砂泥互層が難透水性の地層であることを両教授が理解していることが確認され、これが更に第三回意見交換会でも再確認されていること(乙三四の三、福留高明証人)等にかんがみると、本件廃棄物処分場予定地の海底に砂泥互層が一定の厚さで存在しており、その遮水性については、結局、透水係数の点で基準値に達していれば、「技術上の水準」を満たすといえる。
③ 砂泥互層の透水係数の問題について
そこで、本件では、右砂泥互層の透水係数が10−5cm/secオーダー以内であるかどうかが問題となる。
ア.前記各調査の総合判定によると、BATシステムによる現場透水試験結果、JFTによる湧水圧試験結果及び間隙水圧データを総合すると、砂泥互層上部の粘性土主体層は挟在砂層(Bs1層)も含めて透水係数が10−6〜10−7cm/secオーダーとなっており、さらに、地層中の間隙水圧の測定結果から、上部砂層の間隙水圧は静水圧分布しているのに対し、砂泥互層部の間隙水圧は、静水圧より若干高い値(0.03〜0.54kgf/cm2)を示すことから、砂泥互層部の間隙水圧は、被圧状態であるといえること(したがって、近隣の範囲で上部砂層と砂泥互層下部の砂層との連通による地下水の浸透(いわゆる浸透流の発生)はないと認められること。)、塩素イオン濃度が深度方向に小さくなる傾向を示していることは、右透水係数値の信憑性を裏付けているといえる。
イ.この点、右透水係数を計測したBAT法による測定方法に関して、原告は、透水係数が一定の値を示さず次第に低い値へ変化(逓減)する結果が全ての調査箇所で出ていることに注目し、この試験の際に使用した地下水採取容器(以下「容器」という。)の容積がマニュアルで定められている三五ccではなく、五〇〇ccのものを使ったこと、かつ、容器内の圧力をマニュアルの一二から三〇mH2Oではなくおよそマイナス七から八mH2Oとしたことが原因となって、間隙水圧(装置近傍の動水勾配)が急速に低下し、いわば急激に容器内に水を引き過ぎたため、透水係数の算定を狂わせたもので、真の透水係数は、t=0時の値(外挿法による)が正しく、その場合には、透水係数のオーダーは10−5cm/secよりも大きい値を示すと主張する。そこで、右主張の合理性と、透水係数が逓減する結果が出た理由について検討を加える。
a.確かに、五〇〇ccの容器を使用したことや初期の容器内の圧力を低く設定したことは、マニュアルに沿う用法ではなかったものであり(乙五一)、これが間隙水圧や透水係数の測定に真にどのような影響を及ぼしたかは、証拠からは解明できない。
しかしながら、BATシステムは、アダプターを取り替えることにより様々の大きさの容器を用いて試験が実施できるようになっている上、浸透係数の解析理論も、様々な条件下で試験を実施しても解析が可能となるようにされており、特に、試験装置の容量、吸引圧及びフィルターチップの大きさに関しては、変数の形で算定式に取り込めるように式が誘導されており、この式を用いて透水係数を求める限りにおいては、吸引圧の大きさや容器の容量を変更しても、変更した値をその式に代入することにより、その影響が自動的に消去されることになっている。また、これに関連し、容器容量の大きさ、差圧の大きさ、プレッシャーヘッドの向き等を変えても試験結果に影響を与えない旨の研究報告も存在する(籾倉証人、乙五三)。さらに、本件で五〇〇ccの容器を使用したのは水のサンプリングを得る目的があり、また、初期の容器内の圧力調整も文献(乙五三)に照らし、その範囲を逸脱する程度ではないと認められる。
b.また、原告によるt=0の時点が真の透水係数である旨やその算定根拠となる計算式、本件の間隙水圧分布が準定常分布を示さず特異である旨の主張(甲一一四)についてみるに、t=0を透水係数と捉える点については、実務上そのようには考えられていない上、基礎理論(ダルシーの法則)の妥当する場合でも乱流等の影響から初期の値を排除するのが妥当と考えられること、計算式の点については、それが如何なる過程を経て導かれたのかの点で合理性を認めることができないこと、分布の点では実測や理論的裏付けが提示されていないことにかんがみると、原告の主張は、合理性を認めることができない。
c.他方、被告は、本件で、透水係数が経時的に逓減するのは、地盤の性質によること、圧力差による急激な容器内への水の吸引により圧密が生じた可能性があることを挙げ、測定のごく初期の値を透水係数とすることは妥当ではなく、データの中間値の安全な値を透水係数とみるべきである旨主張するものである。この点について考えると、土の透水係数は土粒子の粒径、土の骨格構造、細粒土の分布等により影響を受ける旨の研究結果があること(乙一五)、本件でBAT法、JFTの何れによる検査結果でも共通のデータが得られており、仮に測定地点の透水性が高いのであれば、上から次々と水が通るため透水係数が逓減するという現象は起きないはずだが、全ての地点で時間が相当経過しても水位が回復せず、透水係数が低下しているという結果にかんがみると、右は測定地点が難透水層であることを示す徴表とみることに一定の合理性が認められる上、他の本件調査結果(塩素イオン濃度試験等)とも矛盾していないものである。
以上を総合すると、本件において、透水係数値が経時的に逓減した理由について、本件の地質等が左右し、さらに遮水性のある地層であることの現れである旨の被告の主張は一定の合理性を有しているとみることができ、反対に、本件における容器容量や初期の容器内の圧力設定が原因であり、t=0が真の透水係数である旨の原告の主張は、右被告の主張を覆す程度の合理性を有しているものとは認められず、その他、被告の主張の合理性を覆す証拠はない。
以上に照らすと、透水性に関する本件調査結果には信頼性があると認められる。
(4) 以上により、本件の鉛直遮水工による工法が、遮水性の点で廃掃法一五条二項一号にいう「技術上の水準」を満たしていないとはいえない。
(三) 耐震性について
(1) 「技術上の水準」のうち耐震性については、共同命令二条一項四号において、「管理型」の処分場について、共同命令一条一項四号の「埋め立てる一般廃棄物の流出を防止するための擁壁、えん堤その他の設備であって、次の要件を備えたもの(以下擁壁等という)が設けられていること」との規定を援用しているが、その要件である同号イの規定は、「自重、土圧、水圧、波力、地震力等に対して構造耐力上安全であること」と定めている。
ところで、本件廃棄物処分場の前面護岸は、消波ブロック被覆式ケーソン構造とされ(乙七)、その設計震度は、「廃棄物最終処分場指針解説」(厚生省水道環境部監修、以下「指針解説」という。甲一一七)及び「港湾の施設の技術上の基準・同解説」(運輸省港湾局監修、社団法人日本港湾協会刊、以下「基準・同解説」という。乙一二)に基づき、これまでの秋田港の港湾施設と同様に水平震度kh=0.10で設計し、また、鉛直遮水工である鋼矢板構造物は、右「指針解説」等に基づき、水平震度kh=0.15で設計したものとされている(以下、khの表示は省略し、「設計震度」の数値のみを示す。甲一一一の三)。
そこで、右設計震度を算出した計算及び係数を検討する。
「指針解説」によれば、地震力を考慮して構造物を耐震的に設計する際には設計震度を用いること、設計震度は地震時に想定した最大加速度を重力の加速度で除した値で表したもので、地域区分、基礎地盤の状態及び構造物の種類、構造形式によって異なること、しかし、これらの値は目安の値であり、当該地域の地震歴、地質条件、貯留構造物の動力学的特性、埋立地の下流近傍の人家、貯留構造物の重要度等(以下、これらの事項を「勘案事項」という。)を勘案して、これらの値以上を定めるようにすることが望ましいこと、矢板壁及び埋立護岸の設計震度は、「基準・同解説」に準拠し、設計震度は、地域別、地盤種別及び構造物の重要度を考慮し、地域別震度、地盤種別係数及び重要度係数をそれぞれ乗じて算出すること(設計震度=地域別震度×地盤種別係数×重要度係数)となっている。
そして、「基準・同解説」によれば、秋田県の地域別震度は0.10(第二地区)となり、これと別紙七記載の地盤種別係数及び重要度係数を乗じることになるが、これらを組み合わせて試算してみると、
① 地盤別係数を第二種地盤の1.0、重要度係数を「B級」の1.0とすると設計震度は、0.10となり
② 地盤別係数を第三種地盤の1.2、重要度係数を「A級」の1.2とすると設計震度は、0.144となり
③ 地盤別係数を第二種地盤の1.0、重要度係数を「特定」の1.5とすると設計震度は、0.15となり
④ 地盤別係数を第三種地盤の1.2、重要度係数を「特定」の1.5とすると設計震度は、0.18となる。
右の計算のうち、秋田県は、前面護岸については①を、鋼矢板構造物については②または③を採用したものと認められ、④は採用しなかったものと認められる。
そこで、右設計震度の合理性について検討するに、前面護岸については、これまでの秋田港の港湾施設と同様の設計震度であり、同港湾施設の設計震度が不合理であるとの事情は窺われない。次に、鋼矢板構造物についてみると、本件調査結果(乙一〇、別紙六)によると、第四紀層の砂質土又は粘性土が二五メートル以上の厚さで存在すると認められるから、地盤種別係数としては、第三種の値である1.2を採用すべきものと考えられ、また、重要度係数としては、「A級」である1.2以上を採用すべきものと考える。これらの係数を乗じると、0.144以上の数値となるから、鋼矢板構造物の設計震度は、0.144以上の値を設定すれば、一応、合理性が保たれると考えられるところ、本件廃棄物処分場の鋼矢板構造物の設計震度は0.15であるから、合理性が保たれている。
原告は、④の基準を採用すべきであると主張するようであるが、④の基準を採用しないからといって、ことさら不合理であるとはいえない。
(2) 原告は、本件廃棄物処分場予定地周辺の地盤特性等から、設計震度の0.15や0.18の基準では構造耐力上安全でなく、直下型地震に耐えることは不可能であるから、廃掃法一五条二項一号に違反する旨主張する。
確かに、秋田沖及び秋田市北方に地震空白域が存在すること、地震予知連絡会(建設省国土地理院に設置)が秋田県西部・山形県西北部を全国九か所の特定観測地域のひとつに指定していること、本件では鉛直設計震度は考慮されていないことなどが認められるところであるし、また、福留助教授により、本件廃棄物処分場周辺地下には、二つの埋没谷が存在し、地震発生の際、地震波が集中、増幅し、被害が増大しやすい旨指摘されているところである(甲一五、甲二一四、甲二一六、甲二六六、福留高明証言)。
しかしながら、本件設置許可処分あるいは公金支出の当時の平成四年においては、「指針解説」では、一般的な港湾構造物に対しては水平震度のみで設計しても特に問題はないとされていること、前記「指針解説」は法規範ではなく、勘案事項を勘案して計算値以上の設計震度を定めることを「望ましい」とするにとどまり、設計震度を計算値どおり定めれば、「技術上の水準」を満たすものと解せられ、それを超えていかなる勘案事項をどの程度考慮して設計震度を高く設定するか否かは、行政庁の裁量に委ねられているといわざるを得ない。
(3) 以上に照らすと、本件廃棄物処分場の前面護岸及び鉛直遮水工が「地震力等に対して構造耐力上安全であること」の点で廃掃法一五条二項一号にいう「技術上の水準」を満たしていないとはいえない。
(四) その他の問題
(1) 廃掃法一〇条一項は、いわゆる排出事業者の自己責任の原則を定めるが、自己の費用で他者へ委託することを否定する趣旨ではない上、大王製紙は本件基本協定により埋立処分費用を含む本件廃棄物処分場の整備等の費用を負担することとなっている。また、廃掃法一〇条三項は、都道府県が産業廃棄物の処理を業として行うことや同条項の定める事務以外の産業廃棄物処理施設を設置することを禁ずるものではないと解せられる。
したがって、廃掃法一〇条違反の問題も生じない。
(2) 閣議アセスを履践しなかった(意図的に回避した)との主張についてみるに、現行法上、環境影響評価の手続を行うことが義務付けられていない以上、秋田県が第一、第二期計画に対応した埋立面積のみを前提として、閣議アセスを履践しなかったことは、違法ではない。
4 結語
以上の検討の結果、本件公金支出の原因行為である被告佐々木喜久治が行った本件設置許可処分等について、財務会計上の観点からみて、産業廃棄物最終処分場設置許可処分の要件を欠いているなどの看過し得ない瑕疵があるものとは認められず、したがって、本件公金の支出は違法とはいえない。
五 よって、本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担については、全事件を通じてこれを九分し、その三を平成六年(行ウ)第二号事件原告らに連帯して負担させることとする。
(裁判長裁判官片瀬敏寿 裁判官坂本宗一 裁判官山下英久)
別紙「原告らの主張」<省略>
別紙一〜七<省略>